金融政策が失敗した理由 by Scott Sumner  

スコット・サムナーのブログ、TheMoneyIllusion の初期(2009年2月くらい)の重要エントリ(本人がそうおっしゃってます)をぼちぼち紹介しています。今回は、Why did monetary policy fail?(23. February 2009)。日付に注意願います。


  

 今の不況は金融政策を引き締め過ぎたために起こったという事はすでに論じた。しかし政策立案者たちはどうしてこんなにも間違いを犯すのだろうか? 私はFedだけでなく、専門家がこの種の問題にアプローチする方法の中に根深い問題があると考えている。   

そう、Fedは幾つかの間違いを犯した。銀行救済の事例でわかるように、政策立案者は経済学コミュニティからの強い批判の影響を確かに受けている(当初の不良負債購入計画が資本注入に変更された)。しかし残念ながら、Fed(そしてECBやBOJ)がどのように今の不況を起こしたのかを経済学者たちが理解しているという証拠もほとんど見当たらない。結果、専門家は政策ミスに加担していたのだ。今回の不況の深いレベルでの原因は、想像力の不足、出来事の深層を捉えられなかった点にあるのだ。   

(「不況」という言葉で大恐慌を暗示したいわけではない。今の停滞は大恐慌よりもはるかにマイルドであることを望んでいるし、そう予測している。しかし既にかなり厳しい状況で、大恐慌時に経験した「デットデフレーション」の兆候がある)   

当然のことながら政策ミスは故意ではないし、誰もこうなることを望んだわけでもない。ならば専門家たちが、問題の本質や潜在的な解決案の効果を正しく理解していないということになる。どうしてこんな失敗が起こったのだろう? 私が見るところ、政策担当者が常識的なアプローチをとっているのにかかわらず、実際には直観と逆な物の見方をしなければならない領域が少なくとも七つある。   

1. 問題の誤診 2007年8月に浮上したサブプライム危機の規模は当初過少に見積もられたが、その一方、これは(適切な金融政策を採用すれば)特定分野の問題なのだと正しく理解されていた。残念なことに、多くの経済学者はこの危機の状態が一年後に突然劇的に変化すると見てはいなかった。当初、名目GDPにほとんど影響を及ぼしていなかった金融危機に過ぎなかったのが、2008年7月以降、総需要が大崩壊したのだ。サブプライム危機の一年目、名目支出は好調だった(住宅用不動産は例外だが2006年半ばから下落していた)。しかし2008年の7月以降、幅広い産業で価格と産出が下落し始め、金融危機に拍車がかかった。他の需要停滞の事例と同じく、根本的な原因は金融政策の失敗だったのだ。   

ほとんどの専門家はまだ誤解し続けていて、回復のためには金融システムを「修復」しなければならないという間違った思い込みをしている(最近の例外はマーティン・ウルフ)。しかし名目支出が下落し続けている時に銀行救済は機能しないだろう。金融政策を変えない限り、総需要の下落で借り手のデフォルトが増加し続け、銀行危機は悪化するばかりだろう。他方、名目支出を促進するような金融政策ならマクロ経済のためになるばかりでなく、金融危機の厳しさを大きく減ずることにもつながるだろう。   

2. 名目GDPへの注意不十分 ほとんどの経済学者は実質産出と物価に注目するが、これらは非対称的だ。極端に単純化すれば、低インフレは良いことで、低産出は悪いことだと見られている。しかし中央銀行はその二つの変数を直接コントロールできず、金融政策で名目支出を刺激することで影響を及ぼせるだけだ。名目GDPが急低下している時は、物価と産出を独立に見たとしても金融政策の役割を概観することもたやすい。2008年第四四半期の名目GDPの約5%の下落はほとんど実質GDPの下落によるものだった、などと。当初、物価の安定はこれほど悪いと見られていなかったし、そもそもFedの目標は物価安定だろ?、などと。最近のカンファレンスでたくさんの保守的経済学者たちが「デフレって、どのデフレだ?」と尋ねているのを聞いた。実質産出の下落も、金融システムの問題を含む非マネタリー要因に求めることができた。   

名目GDPという観点からだと事はかなり違って見える。普段からFedが約5%の名目成長(3%は金融政策から独立と考えられる長期実質成長で、2%が暗黙のインフレ目標分)を目指しているとする。Fedは実質GDPをコントロールすることはできないが、十分に積極的な政策をとれば名目GDPをコントロールできる(以前のここでの提案を参照)。この観点からすると、前四半期の名目GDPが5%下落して、現行四半期に10%下落と見られるようなら、Fedの暗黙目標に対して金融政策が緊縮的すぎるという赤信号が点滅しているということになる。   

3. 因果の逆解釈 多くの経済学者は今の収縮が金融危機によって引き起こされたと思いこんでいる。それは自明だろうか?違うだろう。金融危機が始まった後の一年間のほとんどの間、名目GDPは3%以上のペースで成長していた。今は急落している。ほとんどの人は今回の新しい局面がリーマンの失敗と、それに続いた金融システムの信用喪失によって引き起こされたと考えているようだ。私は因果関係が逆だと考えている。金融システムの問題は名目GDP(とその期待)の急落が原因だとする方が確からしい。   

名目GDPが予期されず下落すると、名目負債に立脚する金融システムにストレスがかかる。グレイト・モデレーションが継続するだろうという期待、言い換えれば、中央銀行は1930年代初期の名目GDPの急落の再現を許さないだろうという期待によってレバレッジされた金融システムにとって名目GDPの下落は破壊的ですらある。レバレッジ率が高く、不動産貸出がすでに傷んでいるシステムにおいてはなおさら破壊的である。   

2007年のサブプライム危機が2008年の株式市場クラッシュを引き起こしたのではない。2008年の7月初頭の時点で株価は最高値をやや下回る程度でしかなかったのだ。10月のクラッシュは、投資家がデフレや不況が始まりを認識し始め、既に傷んでいたサブプライム部門における貸出損失が、それまでは年5%に近い名目成長が期待されていた他の商業や産業に広がることを予期した時に発生したのだ。   

4. 金融政策が緩和的だったという思い込み 利子率の急落とマネタリーベースの急上昇だけを見て金融政策が拡張的だと考えてしまう経済学者が多すぎる。Fedは1930年代の初頭にも急速に利子率を下げ、ベースを増やしていたのだ。大恐慌の期間と同様に、Fedが政策目標を名目支出に振り向けていないという意味で金融政策は極めて収縮的だったのだ。   

名目利子率は政策指標として信頼できない。別のエントリで指摘したように大収縮的な政策はデフレ期待を生み出し、名目金利をゼロにしてしまう。いったんそうなったら銀行準備金への需要が急上昇する。Fedが愚かにも準備金に付利し始めたりすると特に。   

5. バックワード・ルッキングな金融政策 多くの経済学者は政策立案に構造モデルアプローチを使っている。インフレ率や実質成長のようなキー変数の過去のパフォーマンスを見ている。しかし、期待がインフレからデフレに急シフトしているような時にこれでは不十分である。2008年10月、株式・コモディティ・債権市場はすべてFedより先に名目支出の崩壊を予期した。遅行の12ヵ月インフレ率はFedの安心ゾーンを上回っていたにも関わらず。その結果、Fedは緩和政策に対して臆病になりすぎ、実際彼らが緩和したかどうかもはっきりしない。準備金に付利する政策によってFF金利目標の引き下げや準備金注入は中和されてしまった。   

市場、特に株式市場は極めて不合理であるというのは常識的な見方だ。経済学者は、根本的原因がわからないうちに株価が突然急変するのは不合理だと考えがちだからだ。2008年9月に起こった金融危機は10月までに若干和らいでいたので、コメンテーターたちは株式市場のクラッシュは投資家の不合理な恐れに起因するとした。しかし1929年10月と1937年10月にも、市場は専門家よりもずっと先に総需要の崩壊に気づいた。   

経済学者がフォワードルッキング政策の必要性を完全に受け入れるならば、金融トランスミッションメカニズムをモデル化することをあきらめなければならない。ジョン・コクランは、最先端ニューケインジアンが私の先物目標のアイデアを理解していないことに驚いたとeメールの中で言っていた。過去を顧みれば明らかなはずなのだが。効果的な金融政策はフォワードルッキングでなければならないということが理解できさえすれば。   

6. 流動性の罠という間違った考え 最近の出来事は、経済学者の物の見方がいかに情報不足な仮定に囚われているかを明らかにした。我々は教科書(ミシュキンの金融のベストセラーのような)に基づき、たとえ金利がゼロまで下落しても金融政策はとても有効であると学生に教えている。しかし教えている内容を信じている経済学者はほとんどいないようだ。大多数はケインズなら「空気への声」と呼ぶであろう、過去のいわゆる「流動性トラップ」という間違った見方に基づいて財政刺激を好むようだ。   

5と6がどうしてそんなに重要か?それはもし金融政策が常に総需要を喚起することができ、政策はフォワードルッキングであるべきであるとすれば、Fedは名目支出が目標通りの率で成長することを保証する能力と義務があるということになるからである。2008年9月以降のFedの失敗は、単に経済の低迷に対処する機会を逸しただけでなく、経済崩壊の原因になったのだ。Xをすることで問題Yを容易に避けられるならば、Xをしないことは問題Yの原因である。   

期待を効果的に管理することに失敗したことが信用喪失の招いた。向こう数年間にわたって名目支出はFedの暗黙目標をアンダーシュートするだろうと予測されているのだから。この政策の失敗自体がFedの伝統的ツール効果を減じ、非伝統的方法を受け入れざるを得なくなる状況を生み出したのだ。   

7.  ハイパーインフレへの不合理な怖れ 非伝統的金融政策(極限までこれを行えば機能すると誰もが認める)を躊躇するのは、高インフレや目標に対するオーバーシュートの懸念があるからだろう。経済学者はマネタリーベースの増加がほとんど意味をなさなかったと考えるか、期待を反転させるためにはどれだけ積極的な政策が必要なのかを想像するばかりだ。その心配は政策ラグへの(間違った)懸念に基づいている。   

実際、効果的な政策(先物目標のような)を採ればこんなにベースを増やす必要はおそらくない。繰り返すが、原因と影響を混乱させている点に危険がある。銀行準備金の実需が巨大になったのはデフレーション政策(と準備金への付利)の影響であって、これが緩和政策の指標になるわけではない。   

政策のラグは存在するが、金融刺激が近い将来の高インフレを引き起こすリスクはほとんどない。オーバーシュートの恐れが出るときには、インデックス再建市場など至るところにインフレ期待が認められているはずだ。我々が今直面しているの最大のリスクは、積極緩和のリスクよりもインフレのリスクを大きく見過ぎていることに気づくのにFedが時間をかけすぎることだ。   

要約   

もちろん、ほとんどの経済学者は上記のうちの幾つかを思い違えているだけである。気づいたのだが、左翼的な経済学者ほど不十分な名目支出によって引き起こされる問題に敏感だが、この問題に対して金融政策がどれほど有効か(そして、不十分な金融政策によってどれほど収縮が起こるか)を見落とす傾向がある。   

右翼的な学者は、ゼロ金利制約の下でも金融政策が名目支出を動かすことには同意するが、今の危機がどれほど名目支出の下落の影響を受けているかに気づかない者が多い。名目ショックとビジネスサイクルの関係に注目する人たちは、Fedが十分なアクションを採っていると考え、「政策ラグ」が現れるのをただ待つしかないと考える。自由市場主義経済学者たちの何人かは、金融市場における最近のFedの政策への否定的な反応をすっかり無視しているが、その理由だけは謎だ。