名目GDP先物ターゲティングを説明する by Scott Sumner

マクロ経済学者のScott Sumnerは名目GDP目標政策を主張する、金融政策万能主義者というイメージが強いと思います。しかし、単に「期待」にすべてを賭ければ良いという単純な方ではありません。中央銀行が、目標とする名目GDP(NGDP)を達成するためにマネタリーベースを制御する奴でしょう、というのが一般的な理解ではないでしょうか。そこでは中央銀行が市場との対話でマネタリーベースの水準を決めていきます。しかし、Sumnerはマネタリーベースの水準をも市場に委ねれば良いと主張していて具体的な提案にまでしているのです。この人ガチです。

また、今回のエントリにあるようにblogというものを学術論文に匹敵する政策提言の場と捉えていて、それほどの気合で書いています。謝辞もあります。だからこそいつもあんなに長文で、コメントを丁寧に拾うのです。先日、本サイトで別のエントリをご紹介した時に、「氏が自説を説明するのは珍しい」との反応がありちょっと驚きました。himaginary氏の記事紹介、中でもクルーグマンへの公開質問状で知られるようになった氏ですが、氏のファンとして、本格的な側面がもっと知られてほしいと思った次第です。ぜひ他のエントリも御覧ください(このサイトならこちらが一覧です)。

ですので今回はちょっと古いエントリの超訳(タイトルも^^)ですが、Spot the flaw in nominal index futures targeting(10. May 2009)を紹介します。本文の日付に注意していただきたく。


NGDP先物目標についての質問が多いようなので、そのうちのいくつかに答えるポストを書くべきだろう。私の一押し政策目標は5%のNGDP成長軌道(別名、水準目標)だが、実務的な問題 – どの目標にするか、どの位のにするか、水準か成長率か、など – は横に置いて、議論のために核心コンセプトにのみ焦点を当てる。この方法は機能するだろうか? 「機能する」とは、2008年のクラッシュを避けられたかという意味だが、私の答えはイエスだ。

簡単にするため、中央銀行が3.65%のNGDP成長経路を意図したとしよう。デイビット・グラスナーの疑問に答えると、我々はまずトレンドに追いつく必要があるので、まずNGDP目標は今見積もられているものよりも6%上の設定だ。このNGDP目標は毎日0.1ベーシスポイント引き上げられる。Fedは5月16日 (訳者注:2009年) にこの政策を始め、その日のNGDPは15兆ドルだと見積もったとする。次に2010年5月16日のNGDP目標を15.9兆ドルとする。これは昨今見積もられている水準の6%上に相当する。NGDP目標は永遠に一日0.1ベーシスポイントづつ引き上げられる。こうすると2010年5月17日のNGDP目標は15,901,591,000ドルと0セントということになる。

ここで私がどうやって毎日のNGDPを見積もるつもりか読者は頭を抱えるだろう。いま米国は四半期ごとのGDPを計算している。ならば政府は毎月NGDPを測定することもできるはずだ(カナダがやっているだろう?)。あるいは他の目標、たとえばCPIや名目賃金指数を毎月測定することなら明らかに可能だ。とにかく、重大な制約は存在しないので案ずるより産むが易しだ。

ではどうやって日々の(目標を)設定するのか? それは連続する月のアナウンスの加重平均をとる。つまり2010年5月31日のNGDPの設定は、2010年5月と6月の平均値である。 2010年5月21日の場合は、5月の5/6と、6月の1/6との合計くらいになるだろう。今の数字は正確ではないが読者のみなさんはこれで理解できただろう。重要なのは実際の未来のGDPが見通しと一致するかどうかではなく、NGDP先物契約のペイオフ値が妥当な方法で決められるということがポイント。当初の満期の価値は名目GDPの 1/1,000,000,000,000、ラフに15.90ドルと想定しよう。

では今が2009年5月16日だとして、Fedが2010年5月16日の先物契約を15.90ドルの目標価格でスタートしたとする。Fedはこの価格での売り買いに無制限に応じる。これにより、契約価格がFedのNGDP目標と常に等しくなることが保障される。購入者は10%の証拠金を差し入れなければならない。Fedはこの証拠金に利息を支払う。この政策先物の市場が高い流動性を確保できるのに十分なくらいな率の利息を。だから流動性の問題はない。この契約は14か月後にGDPデータが発表されたときに確定となる。

この取引の開始に先立ちFedは、マネタリーベースを一年後の期待NGDPが15.9兆ドルになると彼らが考える水準にセットしておく。先物市場が開いたら、FedはNGDP先物が100ドル売れるごとに500ドル分の短期国債を公開市場売却するとアナウンスしておく。私は短期国債以外の資産を売買する必要はないと思うが、Fedが望むならTIPSや長期国債、優良な外国債、内外の政府期間の負債、優良な社債などでも構わない(私はこの点オープンマインドだ)。

取引は市場が均衡に達するまで続けられる。先物の取引需要がなくなる水準に落ち着いたところでマネタリーべースと均衡する。私が大事だと思うのは、運用中にこの市場がどのように機能するかと、いつ初期設定がなされるかだ。通常の状況下なら、ベースマネーの需要は毎日かなりの程度予測できる。季節や曜日で揺らぐトレンドはあるが、十分予測可能だ。なので実際問題FedがNGDP先物に大きなポジションをとることは長期も短期もほとんどないだろう。Fedによるベースの需要見通しが公平である限り、ある一日とその翌日のネットポジションは長期も短期も全く相関しないだろうということが重要。一方、日々のNGDP見通しは連続的に強く相関するので(そのようにしていくのだから)、Fedはほとんどリスクを取らないで済む。

この計画が開始される初日のベースマネー需要はかなり不確実だ。需要はこの計画の運用を通じて決まっていくのだから。流動性トラップにあるならば特に厳しいかもしれない。しかし、その問題は超過準備へのペナルティ利率を使えばほとんど除去できる。このような政策で、ベースマネーへの需要は今よりはるかに予測しやすくなる。ベースマネーの需要の90%程度は通貨が占めるようになっていて、通貨需要の変化は比較的ゆっくりだから。

この計画の稼働後の弱点も潜在的にいくつかある。

1.  この計画は12か月先のNGDP期待を安定化させるとはいえ、将来にFedがこの政策をやめてしまうことを人々が予期するならば、長期のNGDP期待は安定しないかもしれない。しかしわたしはこれを大きな欠点とは見ない。理由は12か月先のNGDP期待が安定ならば、名目賃金率が落ち着いたものになるからだ。私は Earl Thompson に賛成で、マクロ経済の不安定さの主要因は、総名目賃金の不安定さだと考えている。またFedはベースに働きかけるためではなく、時間不整合の問題を克服するために長期のNGDP契約を取引きすることもできる。

2. 契約価格は翌年の最適GDPと等しいわけではない。これは二つの問題に切り分けられる。

a.  NGDPの契約価格は、市場が予測する翌年の期待NGDPと等しいとは限らない

b.  市場が予測する翌年の期待NGDPは、最適値と等しいとは限らない

 もちろん前者は単なるリスクプレミアムで、後者は合理的な見通しとの偏差に相当する。

ハーツマーク (1987, JPE) によれば商品先物市場にリスクプレミアムが存在する証拠はない。しかし、仮にそうだとしても、NGDP先物市場のリスクプレミアムはそれよりもさらに小さくなる。三つの理由がある。

1. リスクプレミアムはトレーダーが価格変動をヘッジしたいと考えるから発生する。しかし、商品と異なり主要なNGDPの先物市場は現時点で存在していない。このことがNGDPのリスクをヘッジする需要は小さいということを示唆している。 

2.  NGDP のボラリティは、ほとんどのコモディティ価格のそれよりはるかに小さい。

3.  NGDPのリスクプレミアムのうち、マクロ経済学上の問題となるのは時間依存部分だけ。決済日以外。

TIPS市場との類似性を取り違える人もいる。TIPSや伝統的債権の配当利回りは流動性選好がシフトすることにより歪むことがある。TIPSは純粋にインフレに連動するわけではなく、流動的な市場で取引される伝統的な債権との代替性が高いからだ。NGDP先物は他の債権と組み合わされるべきではない。

私は合理的期待についての議論には多くの時間を割くつもりはない。読者は私がRatex[1] や「集団の知恵」の信奉者であることを知っているだろう。私は1980年代にこの計画を始めたときから、各個人がFedより先にローカルなショックを観測するという「群島モデル」を使っている。観測のすべてが将来の市場に集められるのだ。以下に見るように、先物ターゲティングの実質的アドバンテージは他にもたくさんある。

アーロン・ジャクソンと一緒に書いた比較的最近の論文(Economic Inquiry, 2006)で (( 訳注:この全文らしきものが…→ http://findarticles.com/p/articles/mi_hb5814/is_4_44/ai_n29300003/?tag=content;col1 )) 、先物ターゲティングを用いれば、中央銀行は経済の構造モデルを推定する必要がなくなるということを示した。最善のモデルはどれなのかはマクロ経済学者の間でも一般的な合意が全くない現状で、これは大きなアドバンテージだ。2006年の Contributions to Macroeconomics 論文 (( 訳注:これですね。http://www.bepress.com/bejm/contributions/vol6/iss1/art8/ )) では、先物ターゲティングを用いることで、金融政策の道具(お好みで「指標」と言っても可)として何か一つに合意する必要すらなくなることを示した。日本において、短期金利という道具はいったん一度ゼロになると効果がなくなることがわかった今、これは巨大なアドバンテージだ。市場は自分がベストと考える指標を勝手に選べばよい。Fedの政策評価指標として、ポールはFFレートを見、ニックはM1やM2を好み、アーサーは金価格からインスピレーションを得るかもしれない。ポピュリストの夢 – 3億人のメンバー候補がいるFOMC。ベンは引退してマイアミビーチの新しい手頃なマンションへ。(手頃というのは政府年金からすれば。誰のお蔭かというと…いや、どうでもいい)

わらに私はまた、近年の危機でもう一つ別のアドバンテージがあることを確信するようになった。これが他のどれよりも大きいかもしれない。NGDP先物目標は、Fedの政策が市場でどのくらい信頼されているかについての不確実さを除去できるのだ。投資家たちが政策の存続を予測していさえすればいい。実際問題として、この新しい政策にコミットした後の中央銀行は方向性の変更をしたがらなくなるだろう。中央銀行が愚かになり、正しい社会的厚生関数と一致しないような目標変数をわざわざ選ばない限り、信頼性は大きな問題ではなくなるだろう。(これが私がインフレ率ターゲティングが嫌いな理由の一つだが、それは別のポストで論ずる)。政策が信任されている限り、市場は正確に知っているNGDP成長期待という前提の下でベースマネーの需要を見積もることができる。

比較として去年10月[2] の失敗を思い出そう。根本的な問題は市場のNGDP見通しがFedより上手かったかどうかとは無関係で(私はFedの見通しは良かったと思うが)、Fedが自分の見通しすら目標にしなかったことなのだ。Fedはどうして目標のNGDP成長を生み出すことを期待できる水準にベースマネーをセットしなかったのだろうか? 政策がどのくらい信任されるかが全く不確実だったからだろう。去年10月のFedのジレンマを一番簡単に理解しようと思ったら、デフレとハイパーインフレへの恐怖が同時に広がっていたということを考慮するといい。

人々は正当な理由でデフレを恐れ、それはすぐも現実になるところだった。同時に人々は正当な理由でハイパーインフレをも恐れた。ベースマネーは空前の率で急上昇した。どこかに望ましいンフレ期待を生み出すベースの上昇率が存在したと私は思うが、たぶんFedはベースの増加が上手く行ったとしてもそれが流通速度を上げ、急速に別の方向 – 高インフレに向けて- オーバーシュートすることを恐れたのだろう。根本問題は信任だ。 Fedは自分のインフレの約束がどの程度信任されるかを知らないし、それゆえにマイルドインフレが行き過ぎてむしろハイパーインフレになり得てしまう。当然市場はFedの恐れを理解するからハイパーインフレでなくディスインフレになると考え、それは実際のリスクになった。市場は愚かではない。あたかも校庭のいじめっ子が次の犠牲者の臆病心を感知するように、市場はFedの優柔不断を嗅ぎ当てるのだ。

こうして中央銀行は、伝統的な弾薬がいつ尽き果てるかという難問に直面する。ある程度の量のQEがインフレ期待を作り出すことは知っているが、正確にどの程度必要なのかを知らない。さらに中央銀行は、リフレーションの試みがどの程度市場から信任されているのかもわからない。注入されたベースマネーの流通速度は、NGDPの期待成長率に対して高度に敏感であると同時に、それゆえFedの将来目標に対する約束の信頼性に対してもまた高度に敏感のだ。

NGDP先物ターゲティングならばこの問題はない。一つの事がマネタリーベース(すなわち市場)を決めると同時に、その循環速度をも見通すのだ。もしFedが2008年にNGAP先物ターゲティングを運用し始めていたら、NGDP成長期待が目標を下回ることはなかったはずだ。先物ターゲティングのこのアドバンテージは、以前の論文で論じた他の三つよりも大きいと私は信じている。この議論はまだ論文になっていないし、これまでなら言うべきではなかったのかもしれない。しかしニック・ロウが私に言ったのだ。論文は忘れよう、ブログが新しい研究フォーラムなのだと。(こういうことかな。このブログが一種のジャーナルで、私が著者兼編集者、そしてあなた方がレフェリー)

FAQs:

1.  バーナンキとウッドフォードが1997年に論じた循環問題はどうなるか? この問題は、Fedが民間の先物市場を観察するような目標枠組みの場合の議論だ。そこでは先物価格が目標を逸脱したときに政策を調整する。今回の提案の場合、価格は常に目標通りだ。市場から得られる情報は、将来期待されるNGDPではなくて、目標成長を生み出すと期待されるマネタリーベースの水準だ。バーナンキとウッドフォードも、政策道具の水準を予測するシステムならば循環問題には陥らないと言っている。

2.  NGDP契約の価格が常に市場の期待と等しいのなら、取引する人はいないのでは? この問題に答えるにはアーロンと私が「疑似流通速度(quasi-velocity)」 と呼んだ概念が有益だ。これはその年のベースと翌年のNGDPとの比率である。 NGDP先物のトレーダーたちは各々この疑似流通速度を推定する。仮に1兆ドルのマネタリーベースが15.9兆ドルNGDP目標と均衡するとすると、市場が予測する疑似流通速度は15.9ということだ。しかしぴったり正確に15.9だと見ているトレーダーはむしろ少数で、数字は単に平均的な見通しに過ぎない。実際の流通速度はもっと高いだろうと予測する人はNGDP先物を買うだろうし、逆も然り。

3. 市場のベースマネーをどう予測しているかを見てから取引しないのはなぜ?トレーダーにとって有益な情報なのに? 確かに一部のトレーダーは最後の一分まで待つ(ebayで)だろうが、契約はその日限りだということをお忘れなく。翌日は新しい契約になる。トレーダーは前日の均衡マネタリーベースを見て当日のそれを概ね予測できるだろう。

4.  これは単に金融政策のカジノ化では? ITや住宅ブームの時に投資家がどれほど不合理だったかを思い出して! いくつかの答え方がある。第一に、バブルは異常事態だから目立っているだけで、普段の市場は情報を集積するベストな方法だ。それとも私が間違っているとしようか。ならばFedの調査部門に遊び金を渡して、価格が不合理だと思ったらいつでも投資していいと言えばいい。世界のシラーたちがそれを補正していけば、先物ターゲティングの枠組みはいっそう効率的になるし、連邦政府にとっても税収を予測しやすくなるというものだ。

もっとまじめに言えば、多くの人が市場の変動を懸念するようだが、私にはそれが心配事とは思えない。なぜなら、金融の不安定さの社会コストのほとんどは、実際のNGDP成長の変動にではなく、期待NGDP成長の変動に由来するものだからだ(私は1929年、1937年、2008年の例を常に考慮している)。NGDPの期待経路が目標に合致しているならは名目賃金も妥当な水準で落ち着き、長期に持続する続くビジネスサイクルを作り出さなくとも、総需要の一時的な揺らぎなどすぐに消失するだろう。

5.  tangentialな議論については別のポストで扱おうと思う。NGDP成長がどの程度であるべきかは経済学者の間で合意されていない。この点は全要素の成長と等しくあるべきだ(セルギン)、3%(ウールシー)、5%(弱虫たちが好む)、などと意見が分かれている。またアール・トンプソンのように名目賃金ターゲットがベストだという意見に固執(これは私の見方)する人たちもいる。ほとんどのプロはある種の柔軟なインフレ目標を好んでいるようだ。目標水準や変化率に関しては多くの議論がある。そして6、12、24カ月と目標をそのまま延長していくべきなのか? もちろんいかなる金融レジームには、先物ターゲティングでも何にせよ、この種の問題には直面することになる。  

さて、これが私の主張。NGDP先物ターゲティングならば、あの金融危機の最中であっても目標の割合でNGDP成長を維持させただろう。酷い金融危機だったとしても、NGDPが元気に成長していさえすれば実質GDPはずっとマシだったはずだ。しかしあの金融危機は酷いどころではなかった。期待NGDP成長が5%のプラスから2%のマイナスになってしまったから、世界の銀行のバランスシートが壊滅的な打撃を受けたのだ。だから、たとえ幾つかの住宅市場でサブプライムの失敗の影響が長引いたとしても国全体に、同様にカナダにまで広がることもなかっただろう。コモディティや株式市場の下落はあんなに劇的にはならなかっただろうし、2008年暮れにあれほど劇的にドルが高騰して世界の貿易が崩壊することもなかっただろう。

ビル・ウールシーの有益なアドバイスに感謝する。彼は長引く問題のことで責められるべきではない(しばしばビルは私以上に私の考えをロジカルに理解するように思える)。このアイデアについて一緒に仕事をしてきた同僚のアーロン・ジャクソンの名前も挙げておくべきだろう。そして最後に、アール・トンプソン、ロバート・ホール、デイビット・グラスナー、ビル・ウールシー、ケビン・ダウド、ロバート・ヘッツェル他が、経済総計に対する市場期待を金融政策の指針として用いるというアイデアを開拓してきたということを。

  1. 訳注: Rational Expectations []
  2.  訳注:2008年 []