「QE2に関する私見」 by Robert Barro

以下は、Robert Barro, ”Thoughts on QE2“(Free Exchange, November 23, 2010)の訳。


Fedが第2弾の量的緩和-QE2と呼ばれている-に踏み切ったことに対して、賛成と反対が入り乱れるかたちで盛んに議論がたたかわされている。しかしながら、率直に言って、賛成、反対、どちらの立場であれ、それらの議論の多くは、QE2に関する主要な争点を考えるための首尾一貫した分析枠組みを欠いているように見受けられる。この場を借りてそうした分析枠組みの提示を試みてみようと思う。

Fed、そしてその議長をもって擬人化させてもらえば、ベン・バーナンキは、景気回復の足取りの鈍さならびに中でも特に将来的なデフレーションの可能性を気にかけている。こういった懸念材料(=景気回復の足取りの鈍さ、将来的なデフレの可能性)に立ち向かうために、Fedは新たな金融緩和策を計画している。Fedによる新たな金融緩和策に関して私が達した主要な結論をまとめると以下のようになる。

〇短期名目金利が実質的にゼロ%であるような現下の状況においては、財務省短期証券(Treasury bills)の購入を通じた買いオペレーションは何の効果も持たないであろう(この点についてはFedも同意しているところである)

〇長期国債(long-term Treasury bonds)の購入を通じた買いオペレーション(QE2)は金融緩和(ないしは景気刺激)効果を持つ可能性がある。しかしながら、長期国債の購入を通じた買いオペレーションは、財務省による既発国債の満期構成の短期化(shortening the maturity of its outstanding debt)とその効果において変わるところはない。なぜ財務省ではなくあえてFedが国債管理政策(既発国債の満期構成の管理)を実施すべきであるのか、その理由は明らかではない。

Fedが大きく気にかけている争点の中でも最も重要な争点は、景気回復が軌道に乗り、名目短期金利がもはやゼロ%ではなくなった際にどのようにしてインフレーションを避けたらよいかという問題、つまりは出口戦略の問題である。伝統的な出口戦略は売りオペレーションを通じて実行されることになるが、売りオペレーションを実施すれば景気回復の腰が折られることになるのではないかと心配する声がある。この懸念に対して、Fedは、「Fedの手元には出口戦略を進める上で準備預金付利という追加的な手段があり、準備預金に対して支払う金利を引き上げることで、インフレーションを回避しつつ確固とした景気回復を後押しする手助けができる」と考えているようであるが、しかしながら、私が思うに、この見解は適当ではない。出口戦略に関する私の結論は以下である。

〇出口戦略という観点からすると、財務省短期証券(TB)の利回りの上昇に歩調を合わせるかたちでの準備預金金利の引き上げは、Fedのバランスシート上に保有されているTBの売却(バランスシート上で保有されるTBの減少)を通じて準備預金の量を縮小させる売りオペレーションとその効果において変わるところはない。それゆえ、準備預金金利の引き上げは通常の売りオペレーションに基づく出口戦略と同程度の金融引き締め(ないしは景気抑制)効果を持つ。

〇出口戦略の手段として準備預金金利の引き上げと比較されるべき代替的な手段は、Fedのバランスシート上に保有されている長期国債の売却(バランスシート上で保有される長期国債の減少)を通じて準備預金の量を縮小させるオペレーションである。このオペレーションは、上記の出口戦略(=準備預金金利の引き上げ or TBの売却を通じた売りオペ)の効果に加えて既発国債の満期構成の長期化の効果を伴うことになるであろう。既発国債の満期構成の長期化に関しては、財務省がFedからの助けなしにそれ(=満期構成の長期化)を達成することも回避することも可能である。

 

これまでの事態の推移に触れておくと、2008年8月以降、Fedはそのバランスシートの規模を約1兆ドル分だけ拡大させてきた。それに伴い、Fedがバランスシート上で保有する資産(そのうちのほとんどが不動産担保証券(mortgage-backed securitie)で占められている。この点についてはまた別の機会で論じることになろう)はおおよそ1兆ドルだけ増え、バランスシートの反対側である負債サイドではほぼゼロ%の金利支払いがなされる超過準備がおおよそ1兆ドルだけ増えることになった。景気が低調であったこともあり、民間の金融機関はすすんでこれほど大量の無利子資産(つまりは準備預金)を受け入れる(保有する)ことになったのである。特に、金融危機の勃発により低リスク資産-Fedに預けられた準備預金もその一つである-に対する需要が急激に増加したのであった。こうして低リスク資産に対する需要が増加したために、「貨幣」( “money” )の量が急増したにもかかわらずこれまでインフレ(あるいはインフレの加速)が生じることはなかったわけである。

Fedに準備預金を預けることのできる民間の金融機関にとっては、超過準備(準備預金)とTBとは本質的には同じ(=完全に代替的な)資産である。となれば、どちらの資産の保有に対してもほぼ同水準の金利支払いがなされる必要がある、ということになる。現在のところ、準備預金金利もTBの利回りもほぼゼロ%となっている。ここでFedが通常の買いオペレーション-市中からのTB購入に応じて準備預金の供給量を増やす-を行えば、民間部門が保有するTBの量が減少し、それと同額だけ(民間部門が保有する)準備預金の量が増加することになる。現在の状況(=ゼロ金利)の下では、民間の金融機関の目には準備預金もTBも同じ資産として映るだろうから、通常の買いオペは経済に対して何の効果も及ぼすことはないだろう。つまり、物価水準や実質GDPなどには何の効果も生じないであろう。

FedがQE2を実施することになれば、Fedは通常の買いオペに加えてTBの売却と対になった長期国債の購入にも乗り出すことになる。TBの利回りと長期国債の利回りとの間には差がある事実-現状でTBの利回りは0.1%であり、10年物国債の利回りは約3%である-が示すように、TBと長期国債とは同じ(=完全に代替的な)資産ではない。QE2に対しては以下のような政策効果が期待されている。Fedが長期国債を購入することによって市中に出回る(既発の)長期国債の量が減少することになれば、長期国債の価格に上昇圧力、同じことであるが、長期国債利回り(≒長期金利)に低下圧力が働くことになるだろう。そして長期金利が低下すれば総需要が刺激されることになるかもしれない、と。この推論は正しいかもしれないが、先にも触れたように、財務省が国債の満期構成を変化させること-政府の資金調達手段として、短期国債の発行を増やし、長期国債の発行を減らす-によってもこれ(=QE2)と同様の効果がもたらされることになるはずである。

経済の改善がすすみ、それを受けて民間の金融機関がこれまでのように低リスク資産でありゼロ金利である超過準備をすすんで受け入れたがらなくなる(保有したがらなくなる)時が到来すれば、その時こそ出口戦略発動の時である。Fedが準備預金金利をほぼゼロ%の水準に維持すると同時に通常の(TBの売却を通じた)売りオペレーションにも乗り出さなければ、1兆ドルの超過準備は経済に対して激しいインフレ圧力をもたらすことになるであろう。通常であれば、インフレーションを回避するために、「貨幣」の量を減らす(TBの売却を通じた)売りオペレーションが実施されることになるであろう。

Fedは(TBの売却を通じた)売りオペの代わりに準備預金金利の引き上げに訴えることで出口戦略を改善することができると考えているようである。例えば、TBの利回りが2%にまで上昇すれば、民間の金融機関が超過準備1兆ドルをそのままFedに預けておくよう促すために、Fedは準備預金金利を2%近くにまで引き上げることになるだろう。しかしながら、一度準備預金金利が2%近くにまで引き上げられることになれば(TBの利回りと準備預金金利とが等しくなれば)、準備預金とTBとの交換を伴う公開市場操作は再び問題とはならなくなるだろう。つまり、準備預金を1兆ドルだけ縮小させるためにFedがTBを1兆ドルだけ売却しても(FedがTBをこれだけ保有しているとすればだが)何の効果も生じないであろう。この理屈からすれば、TB利回りの上昇に歩調を合わせるかたちでの準備預金金利の引き上げはTBの売却を通じた通常の売りオペと変わらない、すなわち、どちらの手段も実体経済に対しては同様の効果を持つ、ということが示唆されよう。

実際問題としては、準備預金金利の引き上げと比較されるべきは、TBの大量売却ではなく(Fedはそれほど大量のTBを保有していない)、むしろ、2008年8月以降にFedのバランスシート上に蓄積されてきた大部分の資産の売却である。QE2実施以降には、出口戦略の過程で売却されることになるであろう資産の候補はほとんどが長期国債ということになるだろうが、不動産担保証券もその候補となり得るかもしれない。TBの売却のケースと比べると、長期国債の売却には通常の売りオペの効果に加えて先に触れたQE2のトランスミッションメカニズムとは正反対のメカニズム-市中における長期国債の量が増加→長期国債の価格が低下=長期国債利回りが上昇→景気抑制効果-が働くことになるであろう。しかしながら、ここでもまた、財務省が既発国債の満期構成を変化させる-政府の資金調達手段を長期国債からTBにシフトさせる-ことでこの効果(=長期国債の売却による長期金利の上昇)を打ち消すことが可能となるのである。

私の結論を述べよう。QE2は短期的な景気刺激効果をもつ可能性があり、それゆえデフレ懸念を和らげる可能性がある。しかしながら、財務省による既発国債の満期構成の変化によってもQE2と同様の効果をもたらすことができるのである。QE2が抱えるマイナス面は、出口戦略-その目的は、Fedの大規模な金融緩和がやがてもたらすことになるであろうインフレ圧力を回避することにある-の舵取りをさらに難しくさせるところにある。しかし、Fedは出口戦略の舵を取る自らの能力に対して自信過剰気味のようである。Fedのこの自信過剰な態度を支える見解、つまりは、準備預金金利の引き上げは痛みのない出口戦略を可能とする新しくかつより効果的な手段であるという見解は誤りなのである。