ケインズ・ピグーその他によるタイムズ紙への投書

訳者: 1932年のイギリス、タイムズ紙へのケインズ、ピグーなどによる大恐慌下での節約に反対する投書と、それに対するハイエク・ロビンズなどによる反対の投書がみつかったそうで、そのPDFが公開されています。クルーグマンがその投書についてコメントを出したりしてますし、なんといってもケインズ、ピグー、ハイエク、さらにロビンズといった有名どころをいまさら訳す機会などまずあるわけないので、チャンスは逃してはならじ!ということで、訳しておきます。今回はケインズやピグーその他による節約反対の投書です。ハイエクなどによる反論の投書も出来るだけ早く訳しておきます。誤訳・タイポなどがありましたら、コメント欄にお願いします。

私的支出 生産的投資への資金 経済学者によるコメント 1932年10月17日 The times

タイムズ編集者へ

拝啓。

10月10日のコラムにて、私的支出の問題について経済学者の意見を求める手紙が取り上げられました。この国には多くの経済学者がおり、その全員を代表して話す事は誰にもできません。さりながら、この手紙の署名者達はそれぞれの立場(in various capacities)で、経済問題の考察に多くの年月を捧げてきました。我々がこれから述べようとすることに、我らの同僚の多くが反対するとは思われません。

戦時においては、出来うる限り消費財やサービスの購入への支出を抑えるのが、一般の市民の愛国的義務でありました。ある種の私的な節約は、実のところ他のものよりもより国益に沿うものでありました。しかし、かなりの程度まで、どんな節約も労働力、機械力、水上輸送力といった資源を、戦争遂行の為の政府による直接・間接の利用の為に譲りわたすものでありました。私的な節約は、死活的な国家の目的の為のそういった資源の譲渡を意味したのです。現在では、状況はまったく異なっています。もし1000ポンドの所得のある人物が、通常ならその全てを支出するはずであるのに、もしそのうちの500ポンドを貯蓄する事にしたとしても、その事により彼が利用を放棄した労働と資本[訳注:500ポンド分の消費財の生産に利用されるはずだったのにされなくなった労働力と資本のこと。]が満たされる事なき戦争機械に委譲される事はありません。また、それらが公的あるいは私的な組織による新しい資本形成への投資に利用されるという保障もありません。勿論、ある種のケースにおいては、そうなるはずです。いつもの祝祭への支出を500ポンド減らした地主がその500ポンドを納屋やコテージの建築に費やしたり、あるいは贅沢を切り詰めて工場への新しい機械を買うビジネスマンなどは、単に生産的な資源を一つの用途から別の用途に移しているだけです。しかし、人がその消費を切り詰めて、その倹約の成果を銀行口座や、あるいは既存の証券の購入に振り向けたならば、開放された実質資源は彼らを待つ新しい家を見つけることができません[訳注:勿論、ここでは新たな銀行口座が銀行による何かの投資に振り向けられるとか、証券価格低下・利子率低下・借り入れ増・企業の投資増加、といった事が起こらないことが前提になっている。]。現在の状況では、それらが投資へ向けられる事は、自信の欠如により抑えられているのです。さらに、私的な節約はこの抑制を強化してしまいます。それが、工場、機械といった、その最終的な目的が消費財を作ることである投資のすべてをさらに抑えてしまうからです。結果、現在の状況では私的な節約は消費から投資へと国家の実質所得を変化させることなく移すだけということにはなりません。その逆で、それは消費を減らした分と同じくらいに国民所得を減らしてしまいます。労働力、機械力、そして水上輸送力は別の、そしてより重要な目的へと移されるのではなく、無駄にされてしまうのです。

倹約の行動は、他の多くのこと同様、複雑な動機に基づいています。一部の人達が消費を切り詰めるのは、疑うまでもなく、その所得が減ってこれまでのように支出できなくなったが故です。他の人達は、その所得が減るのではないかと予想して、お金を使う気をなくすのでしょう。私的利益と全体の利益が相反する時に、何が各人の利益にかなうことなのか、全体の利益とくらべて私的利益にどれほどのウェイトを置くべきなのかといった事は、我々が判断するものではありません。しかし、我々の意見ではある事が明らかです。現在の状況での全体の利益は、私的な節約を意味しません。そうしたいよりも小額しかお金を使わない事は、愛国的ではないのです。

さらに、個別に行動する個人について正しい事は、地方政府による集団についても同様に正しくあります(最初、ここは合成の誤謬を言っているのかと思って、集団については間違いだのタイポなのかと悩んだ。)。もしあるタウンの市民達が水泳場を、あるいは図書館を、それとも美術館を作りたいと望むのなら、それを我慢することでより大きな国益をなすという事はありません。彼らは「間違いによる殉教者」になってしまうだけであり、そしてその殉教において、彼ら同様、他の者達も傷つけてしまうのです。彼らの間違った方向への誠意により、そびえあがった失業の波がさらに高く伸び上がるのです。

敬具

D.H.マクグレーガー (オックスフォード大学政治経済学教授)

A.C.ピグー (ケンブリッジ大学政治経済学教授)

J.M.ケインズ

ウォルター・レイトン

アーサー・サルター

J.C.スタンプ