流動性トラップを信じない理由 by Scott Sumner

原文はScott Sumner のブログから Why I don’t believe in liquidity traps(November 24th, 2010)

関連: himaginary氏のエントリ サムナー「流動性の罠なんてものは存在しない」


私に流動性トラップについての認識を一度まとめてほしいと言う人がいるので、長いポストを覚悟してほしい。(長年の読者ならこのポストは飛ばすかな)

簡単のため、「流動性トラップ」という言葉を「変動相場制の下、名目金利の非負制約のために、不兌換紙幣の中央銀行が名目支出を後押しすることができない状況」と定義しよう。中央銀行が法によって購入資産の種類を規制されるケースはあり得るが、現実世界でそれが決定的要因になった事例を私は知らない。それどころか中央銀行がインフレやNGDPを押しあげようとした時にそれが不可能だったという事例さえも知らないし、そんなシナリオが現実になる心配は全く無用だと確信している。

他方、私は世界の中央銀行にとってゼロ金利制約が現実の問題であるとも思っている。なぜなら中央銀行にとって短期金利を使うことは第一の政策ツールだったのに、金利がゼロになるとそれが次善のものになってしまうから。しかし、そうなるのは経済がゼロ制約の”罠に落ちる”ためと言うより、そもそもゼロ金利に直面していない時にも、中央銀行がFFレート目標よりもずっと優れている他の政策ツールを使おうとしないからだろう。

Part 1.  基本的な金融枠組み

多くの経済学者と違い、私は短期金利が金融波及メカニズムにおいて重要な役割を担っていると考えていない。流動性効果は付帯的な現象にすぎず、投資への影響はほとんどない。ウッドフォードは本質的なのは将来の期待金利の変化経路であると論じた。私も政策期待がカギであることに賛成するし、さらに踏み込んで、ベースマネーを考えるときには、将来の需要と供給への期待の変化に着目するのがとても有益だと考える。簡単に言えば、今のベース供給量と、需要に応じたその増加期待が、期待NGDPの増加をもたらすと信じているのだ。なぜなら、たとえゼロ制約下だったり、現金と国債が完全に代替的な状況に陥ったとしても、われわれが永遠にその状態にいるとは考えられないからだ。

期待NGDP(私のお気に入りの政策指標だ)の増加は、現在の資産価格(外国為替、株式、コモディティ、商業不動産など)上昇をもたらす。賃金は短期的に粘着性があるので、企業固定資産、輸出、住宅用及び商業不動産、コモディティなどの生産高がその価格上昇に伴って上昇する。このことが実質収入をが増やし、さらに消費を後押しする。その逆パターンがマネー収縮で、2008年の暮れに起こった。

私は金利の波及メカニズムは嫌いだ。なぜなら金利は抑制(monetary supreses)に対してしばしば「間違った」方向に動くから。2007年12月に予期されいFF金利の小さな引き下げに対して、午後2:15に株価が急落した。FF金利の先物から、この引き下げは予想よりも小さいことが確認できた。ケインズ理論ではこのニュースによって国債利回りは上昇する。しかし国債利回りは3か月物から30年物まで軒並み下落した。サブプライム危機に対するFedの対応は不十分で、それゆえに将来FF金利は急落するだろうということに投資家が(正しく)理解したのだ。(そして2008年1月にそうなった。)この動きは経済を減速させたが、金利引き上げたためではなかった。

1993年の強力な財政刺激(ドルの切り下げ)は金利やマネーサプライにはほとんど影響しなかったが、期待NGDPは急上昇した。それが資産価格を急上昇させ、産出の急成長をもたらしたのである。

以上、期待NGDP(おそらくケインズが”business confidence(景況感)”という言葉で意味していたもの)の変化が資産価格と総需要を動かすという私の議論をわかってもらえたら、次の問題は、金融政策がゼロ制約下で期待NGDPに影響を与えることができるかどうかである。

Part 2.  非伝統的政策ツール

私のお気に入りの非伝統的政策は、1933年のドル切り下げだ。1932年、Fedはマネーサプライを押し上げるため公開市場買い付けを行ったが、米国が切り下げに追い込まれる恐怖から金の流出が起こり資産買付の効果がほとんど打ち消されてしまったため、政策は失敗に終わった。これが(ケインズの)一般理論に書かれた唯一の流動性トラップの例なのである。残念ながら、ケインズは二つの密接に絡み合う問題を混同した。流動性トラップはマネーの供給がNGDPを押し上げられない状態のことである。1932年における金本位制度の制約とは、資産の購入が実質的にマネー供給を増やせないというという意味であった。そんなことは「金本位制度経済入門」の話で、流動性トラップとは無関係だ。1933年の3月から4月に金本位制を離脱するや否や、25%もの失業率、ほとんどゼロな国債利回り、数か月にわたる多くの銀行システムの閉鎖にもかかわらず、FDRは容易にインフレを起こすことができたのである。

FDRの金価格引き上げ政策は二つの見方ができる。一方の意味は外国為替市場におけるドルの切り下げで、ほとんどの国々が金の購入価格を引き上げてその動きに追随しなかった。しかし仮に米国が閉鎖経済だったとしてもFedは1ドルに対する金の重量を引き下げることで通貨の切り下げはできたのである。昔それは”debasing coinage(貨幣の毀損)”と呼ばれ、ゼロ制約が中央銀行がインフレを起こすのを妨げるなどとは誰も心配していなかった。1694年にさかのぼる話だが、ジョン・ロックは金融の無効性命題を背理法で批判していた。

もう一つの見方が量的緩和だ。しかしマネーの印刷は(法定不換紙幣制度の枠組みであっても)、貨幣供給増(the currency injections)が永続的だと期待されない限りあまり効果的ではない。近い将来、中央銀行が循環マネー引き上げると予測されているときに資産価格を吊り上げる理由が人々にあるだろうか。これが2003年頃の日本のQEがあまり機能しなかった理由であり、ポール・クルーグマンがQEに懐疑的な理由だ。別の問題として、マネー供給を長期にわたってX%増やしますという信任ある約束をすることが難しいということがある。何故なら一度ゼロ制約を脱したらべースマネーの流通速度は急激に早まり、たとえベースが減ったとしてもハイパーインフレーションになる。市場はそれを知っているのでQEが永遠だとは予想しない。

その解決策は、たとえば物価水準、より好ましくはNGDPのような明確な名目目標を採用し、その水準を管理することだ。その時中央銀行は、穏やかな高さのNGDP水準になるように長期間に渡って十分なベースマネーを供給し続けることを約束することが不可欠だ。たとえば「5%のNGDP成長を希望する」のように。仮にゼロ制約があったとしても金融政策はよく回り、将来の高めのNGDPへのコミットメントは総需要を押し上げるだろう。

Fedは二つミスを犯した。第一に、彼らは目標政策を採らなかった。中央銀行は、名目金利がゼロに達してしまったら目標政策を採用しなければならないとずっと理解していたはずである。実際バーナンキは2003年にこの点を正確に日本に対してレクチャーしていた。2008年の9月、Fedは目標を採用し、不況を脱するまでコアインフレ率が2%経路に沿うことを希望すると表明し、目先の不足分は将来埋め合わせると約束するべきだったのだ。しかし彼らはそうせず、コアインフレ率が2%をかなり下回るままにし、そのあとになってインフレ目標を継続すると(暗黙に)表明するような後手後手な対応をした。目先の不足分のを埋め合わせるための2%以上のインフレにはしない、ということだった。これによって彼らの仕事はかえって困難なり、2009年は必要以上に厳しい不況に陥り、投資が急落してヴィクセリアンの均衡名目金利[1] をゼロ以下に押し下げた。彼らはもはや伝統的な政策ツールを奪われたため、しぶしぶと、しかし積極的に他の方法を使わなければならなくなった。そしてそれらがどれほどの強さの影響をもたらすかの加減を知らなかった。たとえば、銀行が流動性を必要とした2008年暮、Fedは国債利回りよりも高い金利を準備金に乗せるたため、巨大なマネタリーベース増の効果が無効になってしまった。不況が株価を極端に下げ、デフレに陥りかかった2009年3月になってようやくQE1を実行する気になった。そして回復がつまずいた2010年半ば(ヨーロッパ問題でドルが上昇した)になって、ようやくFedはQE2をしようという気になった。

ゼロ金利制約を避けるための最善策は、物価水準またはNGDP先物市場での取引を作り出し支援することであり、将来の価格を目標にし、マネーサプライと利子率は内生的に対応させることだ。Fedは、NGDP先物価格が5%の成長軌道に沿うようにするため無制限の準備金を供給するとするべきだ。NGDP先物価格にはゼロ制約がなく、FedいつもNGDP期待を目標にしておくことができるのだから。

ケインジアンモデルの欠点は、国債価格だけは弾力的としながらも賃金と物価の粘着性を当然のものとして受け入れている事だ。しかし他の資産価格で弾力的なものはたくさんあり、それらにはゼロ制約がない。たとえば金銀のようなコモディティや株式、外国為替などがある。ただ残念ながらそれらの資産はすべてFedのような主要中央銀行が目標とするものとしては難点が多い。そして最高にうまく機能しそうな資産価格は存在しないのだ(それはNGDP先物価格)。

[ところで、未だ政府がNGDP先物市場のを整備し、取引を支援していないのは恥辱に値する。Fedがインフレを作り出そうとしていないという一般印象とは逆に、彼らはNGDPを増やそうとしている。NGDPの増加がどうあれ、実際Fedは低インフレと高いRGDP成長を好むのだ。総需要が目標を超えそうなのか下回りそうなのかを把握するためは、市場の期待NGDPをリアルタイムに測定する必要が絶対にあるのだ。]

この不完全な世界では、せいぜいラフな期待インフレ率指標としてのTIPSスプレッドや、たとえば株やコモディティの相対価格のように期待RGDP成長率を測定するさまざまな種類の指標や、同様に実質産出に関するいろいろな指標に注目するくらいしかFedにはできない。Fedは期待NGDP成長を望む水準まで引き上げるために(これら不完全な指標を使って)十分なQEをする必要がある。何しろわれわれはトレンド以下にいるのだから、向こう数年間はおそらく5%を少し超えたNGDP成長を、その後は5%の成長を目標とするべきなのだ。

Part 3.  流動性トラップを支持するあてにならない議論

そんな議論は実に沢山ある。そしてどこで始まったのか私にはわからない。よくある話に「現金と金利ゼロの国債は完全に代替できるからその交換は意味がない」というのがある。私は両者が完全に代替できるとはまったく思わないが。クルマでウォルマートに行ったときに「うーん、支払いはキャッシュにしようか国債にしようか」とは考えない。この点に関してこう言う。「そうだが、金利ゼロの銀行預金と国債はほとんど代替的だから、最近のマネー注入は準備金が過剰になるだけだ。」 なるほど。だが、準備金に支払われる利子にゼロ制約はない(そう、ここで私は”準備金”に現金を含ませている)。

まあ国債と現金が完全に代替的だとしてみよう。Evenそんなケースでさえ、常に新しいベースマネーを永遠に供給し続けるれば、将来のNGDP水準の期待を引き上げるだろう。流動性トラップは永遠ではないのだから(もし永遠なら通貨の偽造を合法化するべきだろう)。で、一時的な通貨供給は何をももたらさないが、それは国債金利がプラスの時もほとんど同じようなものだ。一時的な通貨供給は何にも効かないが聞かないが、永遠ならば効く。これは金利がゼロでもそうでなくてもほとんど変わらないことだ。

あてにならない議論の二番目は、「大恐慌時代に金融政策が無効だった」というものだ。実際、金本位制を離脱するときの政府はインフレ効果があるのか本気で心配したが、結局物価は容易に急騰させられた。

三番目は、「ゼロ制約のとき、中央銀行が保守的でインフレへのコミットを誰も信じなければ金融刺激は効果的でない」とうものだ。しばしば日本が引き合いにされるが、日本は流動性トラップの例としての基準には全然合わない。

1. 日本銀行はしょっちゅうプラスのインフレ目標への反対意見を表明してきた。インフレを作り出そうとしないのなら、インフレを作り出せなくても驚くことではない。

2. 日本銀行はデフレを避けるというリップサービスはしたが、インフレ率が0パーセントを超えると常に金融政策を引き締めてデフレに引き戻してきた。

3. 日本銀行は2003年ごろ大規模なQEをしたという人もいる。しかし彼らが物価を安定させるという約束は、QEが一時的だということを意味した。みんなそのことをわかっていたので、当然物価は上がらなかった。案の定、1%のインフレが頭をもたげた2006年に、彼らは直ちにマネタリーベースを20%下げた。

4. 彼らは近年もデフレが加速しているのにただ座して円高騰を放置している。

5. むしろアヒル歩きのようにふらついた方が…

Fedは努力したけれど、インフレを作り出すに失敗したのではないかと疑いを指摘する人もいる。ほんの数か月前、ブラッド・デロングがバーナンキにFedはどうして3%のインフレ目標を受け入れにないのかと尋ねたところ、バーナンキはそれは恐ろしい考えだと答えた。そうやってこれまでFedはインフレ率を低い水準に抑えようとしてきた。そんな答えを聞いてもFedに高めのインフレ率を望んでいると思えるだっろうか?インフレ期待がずっと低いままになってるのはまったく驚くことではない。確かにFedはデフレも望んでいない。私が見るところコアインフレ率が1%くらいまで下がったら警報ベルが鳴って、Fedはインフレ率を2%に少し近づけるだけのQEを渋々実行するだろう。もし彼らがそうしたいのでなかったら、何が政策目標なのか是非とも知りたいところだ。

ゼロ制約下でQEが効果的でないという見方には、また別の問題点がある。Fedは名目金利を下げられないにせよ、実質金利はいつでも下げられる。ミシュキンの教科書では名目金利以外に異なる10個ほどの波及メカニズムが示されている。流動性トラップの支持者はその全部を拒絶するけれども。さらにまずいことに、それのメカニズムが働くことが実際に明らかになっているのに「自分の理論では不可能だからありえない」と主張して頭から拒否する。たとえばこの9月から10月の期間、何人ものFed理事から積極的QE(目標政策の可能性さえ)の噂がどんどん出てきた。ミシュキンの教科書によれば、それは株価を押し上げ、ドルを下落させ、コモディティ価格を引き上げ、TIPS市場でのインフレ期待引き上げ、実質金利を引き下げる。これらは全部起こったではないか。ポール・クルーグマンはもう何年もFedが本当にしなければいけないのはインフレ期待を引き上げることだと論じ続けてきた。彼らはそれをうまくやったのだ。クルーグマンは、QEが実際にインフレ期待を引き上げることができると考える市場はバカだと言いたいような、信じられないよ、みたいな反応だったけれど。

クルーグマンとロバート・バローはイデオロギー的には正反対だが、共通した弱点がある。 彼らは自分のモデルからの帰結に信頼を置きすぎるのだ。両人ともQEを機能的な見方で捉え、それを理由にQEが機能するかどうかについて懐疑的だという意見を表明した。しかしQEはそれ以上のものであって、Fedによる(やや)高いインフレ率を目指すという暗黙のコミットメントなのだ。もちろん彼らはもっとちゃんとやる必要があるのだが、彼らの大変保守的なゴールについてなら成功を収めた。彼らは向こう5年間のインフレ期待を0.5%ほど高めた。QEが機能した理由はオペレーションそのものではなくて(私はその効果はほとんどないと思う)、むしろFedが今長期の物価とNGDPをより真剣に押し上げようとしているということを市場に伝えたことによる。言い方を変えれば、彼らは暗黙のインフレ目標に近づくため、十分長い期間ベースマネーを引き締めたるつもりはない、ということだ。Fedは高めのインフレ率(クルーグマンが機能すると考えているような)を表立って標榜するのが恐ろしかったから暗号で話したのだ。マーケットには理解されてもサラ・ペイリンには伝わらないように。バーナンキにとっては残念なことだが、サラ・ペイリンにはFedがやりたいことを正確に知っているアドバイザーがいる。

Part 4.  逆説的な議論

たとえば、どんなにマネタリーベースを増やしても絶対にインフレにならないなどと、流動性トラップを完全に信じ込んでいる人たちとは真面目に付き合えない。文字通り受け取れば、それはFedがインフレを起こさずに地球上のすべてを買い上げることができるということになる。真面目な経済学者の間ではこの議論は大げさすぎる。懐疑論者たちは今回のQEに必要な量は受け入れられない、それは将来Fedが悪性インフレを避けるために資産を売るときの過剰なリスクにをもたらしてしまう、と言ったりする。

実際、そんな「リスク」議論がインチキである理由はたくさんある。まず第一に、高いベースの需要そのものが、1938年以来最大のNGDPの急落を2009年に許容したFedの収縮政策の産物だ。それはまた銀行が準備金を積んでいる理由でもある。金融政策が積極的であればあるほど、ベースマネーへの需要は小くなる。第二に、そもそもベースマネーの需要はIOR(準備預金金利)政策によって人工的に膨張してきたということだ。国民はあまり現金を抱え込んでいない。Fedが十分高いインフレ率かNGDPの目標経路を準備していれば、人々は現金を持たないのだ。一番重要なのは、Fadによる資本損失は、国債が十分早いNGDP成長から得る利得に比べればかわいいものなのだということだ。2009年に赤字が膨れ上がった理由のナンバーワンは、財政刺激ですらなく、NGDPの大暴落だったということを忘れないこと。その上、これまでFedの購入のほとんどは中期国債で、その価格のリスクは大きくない。もし多くの人々がこの問題を心配するならば、Fedは資産や外債を買うことができる。それらは拡大的な金融政策にお勧めだ。しかし私が見るところリスクが誇張されいるだけだから、そんな(論争的な)段階など不要だ。

このくらいでやめた方がいいだろう。死んだ馬を鞭打っているようだ。誰かまだ流動性トラップを信じている人はいる?このポストをここまで読んだ人はいるかな?

  1.  訳注:訳者はほとんどわかっていません  []