金融危機を予言する:ラジャン・インタビュー

[訳者] 以下は2005年にアメリカの銀行のインセンティブ構造を批判して金融危機を予見したとして有名な(そして最近はクルーグマンと連銀のゼロ利子率政策などでやりあったりしたラグハラム・ラジャン(Raghuram Rajan)のフリークノミクス・ブログでの6月17日掲載のインタビューです。訳し始めてからしばらく放って置いたのでもう半月以上経ってしまってますが、クルーグマンがどういう意見とやり合っているかを知るのにはいいのではないでしょうか。インタビューはラジャンの新刊”Fault Line”の販促の一環なので、その本を元にしたインタビューです。なおラジャンはシカゴ大学の経済学者でクルーグマンとやりあったりしていますが、同じく本の販促の為にでたラジオ番組でのリスナーからの質問に、「いや、シカゴにも色々あって、いわゆるシカゴ学派なんてのは昔の有名人の話だから」とか言ってますので特段保守派な人ではありません。ま、そもそも保守派なら所得の不平等なんて問題にしないですしね。(いまいち使い方がwordpressの使い方がわからなくて、ちょっとごちゃごちゃしてますが、すいません。誤訳・タイポなどがあればコメントをお願いします。)

金融危機を予言する:Fault line著者Raghuram RajanとのQ&A Dwyer Gunn 2010年6月17日

2005年、シカゴ大学の経済学者で、当時国際通貨基金(IMF)のチーフ経済学者であったラグハラム・ラジャンは、カンサスシティ連銀主催の、中央銀行、経済学者、そして民間部門のプレイヤー達が集まる毎年開催のジャクソン・ホール・コンファレンス(Jackson Hole Conference)において論文のプレゼンテーションを行なった。Rajanの論文、「金融分野の発展は世界をより危険にしたか?(Has Financial Development Made the World Risker?(pdf))」は金融分野の近年の発展が「カタストロフィックな崩壊の可能性を(まだ小さいが)より高めた」と警告した。彼は投資マネージャー達のインセンティブ構造と、クレディット・デフォールト・スワップをその会計にのせるという銀行の行動を批判し、自己満足に対して注意を喚起した。Rajanによると、その論文は当時、特に好意的に迎えられたわけではなかった。彼は自著にそのコンファレンスの参加者の多くはアラン・グリーンスパンが崩壊の起こらない経済を生み出すのに成功したと信じていたと書いている。今となると、Rajanは2005年当時に水晶玉でも持っていたのかと疑いたくなる。彼の新著であるFault Linesはこの危機につながった要因について説明し、「隠れた裂け目はまだ世界経済を脅かしている」と警告している:

Q. 所得の不平等はアメリカにおいてかなりの間、上昇してきています。しかしそれが金融危機への要因であったとされる事はまずありません。所得の不平等とこの危機の間にどんなリンクがあるのですか?この問題を解決するために、どういった改革を提案されますか?

A.  住宅ブームとその崩壊がこの危機の中心にありました。これは、もっとも貧しい人達への住宅価格の上がり下がりの動きがトップの人達の動きよりも大きかったという点で、典型的なブームと崩壊ではありませんでした。なぜ「欲深い」銀行家達が突然に社会的良心に目覚め、貧しい人達に貸し出ししだしたのか?その答えは、サメが血に惹かれるように、彼らは低所得者住宅へ向けられたお金によって貧困層への貸付へと導かれた、というものです。ではなぜそんなにお金が低所得者用住宅に流れたのでしょう?政府がより深刻な問題を解決しようとしたからです--拡大する所得の不平等を。

1970年代以来、合衆国の賃金分布の90パーセンタイル[訳注:賃金分布の下から90%、上から10%のところ]にいる労働者の賃金--つまりオフィスのマネージャーといった人たちの賃金--は50パーセンタイルの労働者(ちょうど中位の労働者)の賃金--つまり典型的には工場労働者やオフィスのアシスタントの賃金よりも、ずっと速く成長して来ました。多くの要因がこの90と50の間の成長の違いに関わっていますが、おそらくもっとも重要なのは、合衆国においては技術の進歩がその労働力にどんどんとより高度なスキルを身につけることを要求しているのに、教育システムが十分な労働力に必要な教育を与えることができていない事です。我々の親の世代なら、高校の卒業証書は十分だったでしょうが、今日では大学の卒業証書はオフィスの労働者となるのにすらギリギリ十分なだけです。その失敗の理由は、不十分な栄養摂取、社会化、幼年期の学習から、あまりに多くのアメリカ人を大学への準備が出来ていないままにしてしまっている機能不全の初等・中等教育まであるでしょう。

中産階級にとってのその事の日々の生活における帰結は、職の不安定化の増大と上がらない給与です。政治家達は選挙民の苦しみを感じていますが、しかし教育の質を改善する事は非常に難しいことです。改善のためには、あまりに多くの既得権益が現状維持を望んでいる分野で意味のある効果的な政策変更をしなければなりませんから。そのうえ、どんな変更も効果を発揮するのに数年を要しますから、有権者の現在の不安を解決したりはできません。ですから、政治家は選挙民をなだめるためにその他の、より迅速な方法を探してきました。要は所得ではなく、消費なんだということは長い間、了解されてきています。なので賢い、あるいはシニカルな政治家なら、中産階級の消費をどうにか高く維持できれば、何年かごとに新しい車が買えて、たまにどこかエキゾチックなところへの旅行ができれば、それでおそらく彼らはその伸びない給料のことにあまり気にかけないだろうと、わかっています。

ですので、上昇する不平等への政治的対応は--計画的に練られたものだったのであれ、一番簡単だったからなのであれ--住宅への貸付を、とくに低所得層へのそれを、拡大するというものだったのです。その恩恵--拡大する消費と雇用--はすぐに現れました。その避けられないツケの支払いは将来へ先延ばしにされて。シニカルに思われるかもしれませんが、容易な貸付は直接的には解決できない中産階級のより深い不安に対する緩和剤として歴史的に政府によって使われてきたのです。

しかし、政治家達はその目的を、単に消費を増やすということよりもっとずっと気分がよく、当たり障りもよい言葉で述べる事を望むものです。合衆国では、住宅保有--アメリカンドリームの中心的要素--の低・中所得層への拡大というのは、貸付と消費の拡大というより大きな狙いにとっての攻撃されにくい要であったわけです。

低所得層への住宅貸付の増大というのは、購入可能な住宅という政治的要請をもっていたクリントン政権と、「所有者」社会への推進という目的のあったブッシュ政権の両方が合意できた数少ない政策の一つでした。最近の危機の前まで両政党の政治家とも、大きな住宅金融組織であるファニーメイとフレディー・マックをつついて、その選挙民の低所得層への貸付を促進させていました[訳注:ファニーメイ・フレディーマックがアメリカの2000年代の不動産バブルにどのような役割を果たしたかというのは、アメリカの保守・リベラルで全然見方が違う。保守派は両金融機関の役割を強調するが、リベラル派は逆に役割が小さかったと強調する。リベラルの例として、クルーグマンのラジャンへの批判を参照されたい。]。低所得層の住宅向けの資金の流れが、銀行家達を引き込むイージーマネーを作り出すのを手伝ったのです。彼らがそれに飲み込まれてしまうまで。当然、銀行家達に責がないわけないですが、しかし彼らはその性として行なう事を行なったわけです--お金の後を追うという事を。

なぜ合衆国は増税か財政赤字により中産階級の不安に対して支出を行なうという、より直接的な再分配の道をとらなかったのでしょう?合衆国においては、近年、直接的な再分配に反対する強力な政治的勢力が整えられてきました。住宅への貸付は、幅広い支持を得られる政策だったわけです。どの政治的グループもそれが利益になると考えましたから。左派は当然支持層になってくれるだろう人々への資金の流入を好んだし、右派は資産の新しい所有者達を、もしかしたらその政治的忠誠を変更するように説得できるかもしれない人々として歓迎しました。しかし結局、伸びない賃金からの痛みを和らげるための貸付による住宅保有促進という誤った試みは、誰も購入できない住宅と借金の中に沈みこんだ家計を合衆国に残しただけでした。

このことのより大きな意味は、今回の危機の根本の原因については、欲深い銀行家と骨のない規制当局(その両方が多くいたわけですが)を越えて考えなければならないということです。そして、この問題は、そういった規制当局にさらに多くの権力を付与する金融規制法案では解決できないものです。

我々は、より多くのアメリカ人に世界の市場で競争できる能力を与える事で、不平等の問題に根本から取り組む必要があります。これは、貸付を行なうよりもずっと難しいことです--我々は、人々が受ける教育を改革する必要があり、そしてその為には機能不全の学校や、崩壊したコミュニティ、そして助け合わない家庭といった難しい事柄に取り組まなければなりません。しかし長期的には、よりずっと効果的なのです。

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Q. 合衆国の公的なセーフティネットは薄いものですが、しかし不景気時には立法処置で(失業保険の延長といった)追加のセキュリティを提供する事は可能です。合衆国の「裁量的支出(discretionary stimulus)モデルの何が問題なんでしょう?

A. 最初に、合衆国の景気回復の性質が変化したことを認識しましょう。1960年から1991年まで、合衆国における不況からの典型的な回復は素早いものでした。不況の底から不況前の産出レベルにまで経済が戻るのに要した時間の平均は2四半期以下、そして失われた職は8ヶ月のうちに取り戻されていましたが、1991年と2001年の不況からの回復は非常に異なっていました。産出は1991年には3四半期以内に、そして2001年にはたった1四半期以内で戻りましたが、雇用水準が元にもどるのに、不況の底から1991年の不況では23ヶ月、2001年の不況では38ヶ月かかりました。実のところ、景気回復期に入ってからも職は失われていたのです。現在の景気回復もこれまでのところ違っているように見えません。つまりこれらの景気回復はすべて雇用なき景気回復と呼ばれるにふさわしいものでした。

公衆への雇用なき景気回復の悪い効果は非常にはっきりしたもので、そして合衆国はこれに対する備えが特にありませんでした。通常、失業保険はたった6ヶ月しか続きません。そのうえに、健康保険は大抵、職に付属したものなので[訳注:アメリカには国民保険制度がないので、失業して雇用先からの健康保険を失うと、保険がなくなる。オバマ政権により医療保険改革が行なわれることになりましたが、まだ実施はされていません]、失業した労働者は医療を受ける事もできなくなる危険もあるわけです。短期だけの失業保険は、景気回復が急速で、職が多くあった時には適切なものでした。仕事が見つかる前に失業保険が切れてしまうかもしれないという恐怖が、労働者にとっては仕事をより真剣に、そしてよい職を探すインセンティブになっていたでしょうし。しかし生み出される職が少なくなれば、正のインセンティブだったものが大きな不確実性と不安の種となってしまいました--それも失業者にだけではありません。仕事を持っている人達ですら失業して、滑り落ちてしまうのではないとか恐れているのです。

大衆の不安を無視するのは政治家にとって危険な事です。最初のブッシュ大統領はイラクでの戦争に勝って人気を得たにも関わらず、再選に失敗してしまいました。1991年の不況のあとの大衆の苦難を理解していないと思われたからです。その教訓はいまでは完全に理解されています。経済回復とは産出についてなのではなく職についてなのであって、職が再び作り出されるまで経済に対して財政(減税と政府支出)と金融(低い短期利子率)を景気刺激策として使う事に政治家達は積極的です。

理論的には、質問が示唆しているように、この事は民主主義そのものについてです--人々の必要に対する政策の反応ですね。しかし実践においては、何かを急いで行えという民衆のプレッシャーが政治家達に、合衆国での政府の政策決定における通常のチェック・アンド・バランスを越えた無茶を可能にさせたりもします。長期的な支出と税制が緊急事態の影の中で決定され、景気悪化の時に権力の座にあった政党がそのペット政策を実施するわけです。実施されたものの多くは--減税であれ支出であれ--職の創出には即座の効果をもちません。景気刺激策として装われているのに。しかし政府財政に長期的な悪影響は及ぼすのです。

経済の健全性に同様に有害なのが、利子率をゼロ近くまで下げ、それを長い間維持する最近の流行です。アラン・グリーンスパンの連銀はドット・コム・バブルのあと、2002年から2004年までこれを行いましたし、ベン・バーナンキの連銀も2008年以来、利子率をゼロ近くに維持しています。深い景気の力が企業に採用を控えさせている時に、(単なる低利子率ではなく)ゼロ近くの短期利子率が企業に職を生み出させることができるのかどうかはっきりしていません。しかしもし企業が採用に消極的なら、長く続く金融刺激策は誤ったタイプの活動を促進してしまいかねません。たとえば、連銀がドットコムバブルのあと、長く利子率を低く抑えていた時に、銀行からの貸し出しの質を大きく低下させながら、この低利子率が住宅価格を維持不可能なレベルにまで押し上げてしまいました。

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Q. 崩壊まえの数年のあいだでの連邦準備銀行の最大の間違いはなんでしたか?

A. たった今、私が述べたように、間違いの一つは利子率を低く維持したこと、失業とインフレにだけ注目して資産価格のブームと金融市場がとっていたリスクを無視していた事です。2002年のジャクソン・ホールでのスピーチでアラン・グリーンスパンは、連邦準備銀行は資産価格ブームを認識も阻止することもできないが、「それが起こった時の崩壊を緩和し、そしてうまくいけば次の景気拡大期への移行を容易にすることができる」と述べました。このスピーチは、市場の根拠なき熱狂を警告した彼の1996年の警告にもとづいてなぜもっと強く行動にでなかったのかについての、後出しの正当化とみなされました。連銀は価格が高すぎるのではと考えていても介入するべきではないが、しかし崩壊が起こった時にはそれをはっきり認識できるし、事態の収拾にのりだすのだと彼は言っていたわけです。この理屈は奇妙に非対称的であっただけでなく--なぜボトムはトップより見分けやすんでしょうか?--危険なものでもあります。ウォールストリートや全国の銀行家達に連銀は資産価格を抑えるために利子率を上げたりはしないと、そしてもし事態が悪くなれば、価格を支えるために介入すると伝える事で、資産価格のインフレに油を注ぐものでした。この主張は広く「グリーンスパン・ドクトリン」として知られるようになりましたし、資産価格の下限を守ろうとするコミットメントは「グリーンスパン・プット」と名づけられました。トレーダー達や銀行家達に、もし彼らがギャンブルをしても、連銀はその儲けを制限したりはしないし、もし賭けが上手く行かなければ、連銀がその結末を制限してくれると伝えたわけです。彼らが確実にしなければならない事は、皆が同じものに賭けることでした。もし賭けたのが一人だけなら、それではシステムに対する危機とはなりえず、救済はしてもらえないからです。

同様に重要なのが、深刻な景気後退期には市場を流動性で埋め尽くすという連銀の意思が、銀行家達への明白なメッセージとなったことです。「問題が起こったときの為に、現金や現金化可能な資産を保持したりしなくてもよい。助けにいくから」、とね。連銀は用心することの利益を引き下げただけでなく、銀行家達が長期で貸しながら短期で借りることを暗黙裡に応援したわけです。資産がなくなれば、連銀が来てくれると彼らに確信させることで。レバレッジがシステム中で積みあがりました。

雇用とインフレにだけ注目することで--そして実質的には、その前者にだけ注目する事で--連銀は短期的に、実のところ政治的に行動しました。そして連銀はまたもう一度、それを行ないかねない危機にあります。その政治的責務に文字通りに誠実でありながら、ですら。連銀が持つツールは限られていますから、連銀は多くの競合する目的を課したりしないでくれといっていますが、狭い領域に専念することによる経済への大きな影響を無視する事はできません。特に、低利子率と連銀により注入された流動性が金融セクターの行動に広く影響したのですから。

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Q.「言い換えると、銀行家達が交通信号を無視したのだと考えるならば、解決策はかなり簡単なものである:交通違反のチケットを渡すなり、牢屋に放り込むなりするべきなのだ。しかしもし、信号が間違った方向を示してしまうように出来ていたとしたらどだろう?」と本に書かれてますね。なぜこんなにも多くの銀行家達が自身のとっているリスクを正確に予測することに失敗したのでしょう?彼らは、実のところ、合理的に行動していたのでしょうか?

A.明らかに彼らは、そしてその他多くの人々(住宅を購入した人達も含めて)が、何が起こるかを知っていたならやらなかったような事を行ないました--深く破壊的な危機が起こり、多くの銀行が破産しかけ、そして多くの銀行家達が職を失うと知っていたなら。しかしこの危機は厳しいものではありましたが、銀行家達やその投資家達には十分に手痛いものではありませんでした。危機が始まるまでの株価は、ダウンサイドのリスクが織りこまれていなかった事を示唆しています。おそらく銀行への投資家達は、社会全体へダメージが広まってしまうのを恐れる政府は銀行を救済するだろうと考えていたのでしょう。そして確かにそうなったわけです。

ここでのポイントは、市場は銀行が取っているリスクについて十分に心配していなかったということです。株式保有者達は銀行の利益から多額のお金をもうけていましたし、株のダウンサイドのリスクは限られたものですから(パートナーシップと違い、株式保有者達には銀行の負債を返済する責任はありません)、この賭けはするに値いするものだったのです。銀行の債権者達はもっとずっと心配しているべきでしたが、しかし彼らもまた安全を保障されていたので、あるいは彼らの銀行は倒産させられるには金融システムにとって重要すぎると信じていたので、取られているリスクに十分な注意を払う事はありませんでした。

銀行家達には完全予見など出来ません。彼らは賭けをするのですが、問題があった場合の痛みは最小化されるだろう市場が信じているので、その賭けの利得は歪められています。市場は彼らを応援し、スタン・オニールやシティグループのチャック・プリンスといった巨人達の一挙手一投足を誉めそやしてきました。信号は赤であるべき時に青であり続け、金融システムのフェラーリは間違った方向に急速に加速していったんです。

本の中で述べたように銀行には多くの問題がありました。実際、初期のうち(2005年)に銀行のインセンティブシステムについて警告を発したのは私でした。しかし、問題は銀行のインセンティブと強欲さだけだとしてしまうのは、あまりに安易すぎます。彼らは通常の市場のチェック・アンド・バランスが働きを止めてしまったシステムに反応していただけだったのです。

民主主義においては、政府(あるいは中央銀行)は、市場の冷たい論理が展開するままに一般の市民が付帯的損害(Collateral damage)をこうむるのを単純に見過ごしたりはできません。現代の洗練された金融セクターはこの事を理解しており、それゆえ政府の不平等、失業について、あるいはその国の銀行の安定性についての懸念など、なんであれ政府の優しさを利用する方法を探し出そうとします。問題は、資本主義の目的と民主主義のそれとの間の根本的な不整合性から起こっているのです。それでも、この二つはなんとか一緒にやって行きます。双方のシステムが相手の問題を緩和するからです。

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Q. 著書の中で、多くの金融システム改革を提案されてましたね。あなたのご意見では、もっとも重要な三つの改革とはなんでしょうか?

A. 金融システム改革は重要ですが、実物セクターの改革、つまり教育へのアクセスの改善、セーフティーネットを考え直す、そして連銀政策を考え直すことが、より重要だと思っています。ですが金融セクターということなら、私の重要な改革は次の三つです。

1. 政府とその政府系機関(the government and its agencies)を住宅市場から退出させ、住宅を万能薬として使う事を止めさせる。

2. どんな金融機関もシステムにとって致命的に重要なものになる可能性を引き下げる。そして、もし救済されることになれば全ての価値を失ってしまうような証券をそういった金融機関のそれぞれがかなりの規模で発行するようにする。言い換えると、投資家達に彼らも痛みを感じる事になる事を判らせ、そうして彼らが銀行のリスクテーキングをより抑制するインセンティブ与えるわけです。銀行が規定の規模を超えた場合、預金の保護される割合が減らされるというものについても考えてみてみたいですね。

3. 銀行の取締役会が行なわないなら、規制当局が銀行家達がより長期的観点を持つことを強制して(つまり、長期的に銀行の戦略が上手くいかなかったなら彼らがお金を失うようにさせて)、そしてもし銀行が救済された場合に彼らが蒙る損害を大きくさせましょう。