FRBの妥当性テスト

Joseph E. Stiglitz The Federal Reserve’s Relevance Test (10/6/2010)の翻訳。


金利がゼロ付近に低下してアメリカのFRBをはじめとした各国の中央銀行の金融政策は有効性を失っている。最後の矢は量的緩和(QE)と呼ばれるものであるが、アメリカの景気を刺激するという点ではここ数年FRBが試みてきた他のものと同様にほとんど効果がないだろう。もっと悪いことに量的緩和は納税者に大きな負担を与えるであろうし、他方でFRBの神通力を何年も失わせることになるであろう。

ジョン・メイナード・ケインズは大恐慌時に金融政策は無効であることを論じた。中央銀行は不況において投資を刺激することよりもバブルにおける不合理な熱狂を抑制すること—経済を制御するために信用を制限したり金利を引き上げたりすること—に優れている。それが正しい金融政策がバブルの発生を防ぐことを目的としている理由である。

しかしFRBは20年以上にもわたって市場の原理主義者とウォール街の利益に囚われて規制を課すことに失敗したどころか応援団として振る舞ってしまったのだ。そして現在の混乱の主な原因を作ったのだが、今、威信を取り戻そうとしてる。

2001年の金利引き下げは効果があったように見えるが、意図したようには行かなかった。工場や設備への投資を刺激するのではなく、低金利は不動産バブルを膨らましたのであった。これは度を超した消費をもたらした。これは対応する資産のないまま負債が生成されることを意味し、何年にもわたって解消に時間のかかある不動産への過剰な投資を後押しした。

ここ数年の金融政策で最大の功績はリーマンブラザーズ倒産につづく連鎖倒産を防いだことであろう。しかし、金利の引き下げが投資を刺激したとはとても言えない。実際アメリカとヨーロッパの企業への貸し出し、とくに中小企業への貸し出しは危機以前のレベルと較べて著しく低い。FRBとECBはこれについては何もできていない。

彼らは経済を浮揚させるために中央銀行がとるべき政策は金利の引き下げだという標準的な金融政策モデルに未だに囚われている。標準のモデルはこの危機を予言できなかったが、誤った考えはゆっくり死を迎える。だから。短期国債のゼロ金利への引き下げが効果がなかったので長期金利の下落が経済を刺激することに希望を見出しているのである。が、成功の可能性はほとんどゼロなのだ。

大企業のキャッシュは潤沢で、わずかな金利引き下げは彼らの行動にほとんど影響しないだろう。そして政府が支払う金利の引き下げは資金繰りに苦しむ多くの中小企業が直面する金利の引き下げをもたらさなかった。

より重要な点はローンの借りやすさであろう。アメリカの脆弱化した多くの銀行にとって貸し出しは以前制約されるであろう。さらにほとんどの中小企業の借入は担保が要求される。しかし、ほとんどの担保として利用される不動産の価値は急降下した。

不動産市場に対処しようとするオバマ政権の努力はせいぜいさらなる悪化を少し先延ばししただけの無様な失敗に終わった。また、楽観主義者でさえも不動産価格がすぐにも著しく上昇すると考えてはいない。要約すると量的緩和—長期国債や住宅ローンを買うことで長期金利を引き下げること—は直接的に企業投資を刺激しないということだ。

しかしながら、二つの理由によって量的緩和は経済を刺激するかもしれない。ひとつはアメリカの競争的通貨切り下げの戦略の一部として。公式にはアメリカは「強いドル」政策を進めていることになっているが、金利の引き下げは為替レートを引き下げる。これを意図的な通貨の切り下げと見るか、金利引き下げによる偶然の副作用と見るかは重要ではない。金利引き下げによるドル安はアメリカの貿易ににわずかな競争力を与えるのである。

また、投資家が国外により高い利回りを求めるため、ドル供給の洪水は世界中の新興国の為替レートを切り上げさせた。新興国の市場はこの状況を理解しており、また憤慨している。ブラジルは強い懸念を表明している。彼らの通貨が増価していることについてだけでなく、マネーの流入が資産バブルやインフレに油を注いでいることに。

バブルやインフレに対する新興国の中央銀行の標準的な反応は金利の引き上げである。この結果、かれらの通貨はさらに増価する。アメリカの政策はドル安をもたらし他国の通貨高(国によっては短期資本移動へ制限を課したり、もっと直接的に為替介入をおこなったりする)を押し付ける競争的通貨切り下げの二重の呪文となっているのである。

量的緩和がわずかながらも効果を持つ二つ目の理由は住宅ローン金利の引き下げである。これによって不動産価格を維持できる可能性があるからである。よって量的緩和はいくらか—おそらく弱い—バランスシート効果をもたらすであろう。

しかし潜在的に大きなコストがこれらの小さな便益を相殺してしまう。FRBは1兆ドルもの不動産ローンを購入したが、経済が回復すればそれらの価値は下落するであろう。そしてそれこそまさに民間部門が手を出さない理由なのである。

政府はキャピタルロスを蒙ったとは言わないであろう。なぜなら銀行とは異なり政府は時価会計が義務づけられているわけではないからだ。しかし、かりにFRBが国債を満期まで保有したとしても騙されてはいけない。損失がないかのように振る舞うことでFRBはより実績のない、不確実で、コストのかかる金融政策ツール—例えば銀行に貸し出しを抑制するように準備預金に高い利子を払うこと—に過剰に頼るようになってしまうかもしれないのだ。

FRBが無惨な危機以前のパフォーマンスを改善しようと努力していることは喜ばしいことだが、残念なことに、彼らが経済を安定させることに失敗し、また失敗することが明らかなこれまでの考え方やモデルを変えたという明確な証拠はない。FRBの前回の失敗は極めて大きなコストを伴ったことが明らかになっている。そして、もしFRBが懸命に値札を隠したとしても次の失敗も大きなコストをもたらすであろう。