借入だけが債務を減らせる by Martin Wolf

原文はMartin Wolf のFT記事、We can only cut debt by borrowing 。この記事をきっかけに大物が次々とエントリを立てていて面白い状況だと思ったので最初にご紹介。関連エントリも別の人が続々紹介予定^^

ウルフ(これ)→ベックワース(日本語訳)→デロング(日本語訳)→クルーグマン(日本語訳)→サムナー。

このサイトで紹介済みのレベッカ・ワイルダーの記事( 『アメリカ企業の財務バランス「超過」の測定』 ) も併せて読まれることをお勧めします。


「借り入れで債務は減らない。」 巨大な財政赤字とそれに続いた金融危機に不満を述べる”austerians”[1] (“Austrians”[2] のナイスな変形)から何回この言葉を聞いただろう。

返事は明らか、「だから何?」。 賄えない人々からそれを賄える人々- 現在と将来両方の人々全体 – に負債をシフトさせるのはとても見込みがあるように見える。そうしない別の道は経済崩壊で、その結果今の生産と投資を失い、長期的な収入をも失うことになるのだから。実際、後者の選択肢のもとでは財政赤字さえほとんど減らないか、減らそうとしてもわずかだろう。 今まさに英国が発見しつつあるように。

結論に飛ぶ前に、デレバレッジ – 負債圧縮 – の問題に分析的にアプローチしよう。1994から2007年の期間、米国の民間非金融部門の債務はGDP比で118パーセントから173パーセントと米国史上最高の水準にまで上昇した。その期間、金融部門の債務はGDP比54パーセントから115パーセントに上昇した。経済におけるこの巨大なレバレッジ取引(これは各地で起こった。とりわけ英国。)は、誤った前提に立脚していた。借り手も貸し手も借金の担保資産は後でわかるよりも価値あるものと考えていた。

では予期できない資産価格の下落があったときに、人々はどうしたら債務を減らしたり純資産を取り戻したりできるだろう。三つのメカニズムがある。売却、破産、そして返済。順番に検討してみよう。ここで、トータルでみれば債務は相殺されて純債務はゼロになる、ということ頭に入れてておこう。つまり債務を返済すれば同じ額だけ債権(credit)も減る。

これ以上資産も債務も持ちたくないような人々は、資産を売って返済することができる。これで債務がキャンセルされるなら、最終的な買い手は債権者(creditor)ということになる。売却ではこの取引が自発的になされる。

この経路は話全体の一部にはなるだろう。しかし今のように主たる資産が住宅であるときは債権者の購買意欲は限られていると思われる。住宅を買いたい人々は概して若く、限られた流動資産しか持っていない。一方信用ある人(creditors)のほとんどは既に住宅を所有している。住宅は理論的には金持ちの外国人にも売却することができるが、ほとんどの国で債務圧縮が起こっている中ではこれも限られたものにしかならないだろう。(ただスペインは金持ち外国人への売却がもっともらしく見える。過去の建築物の多くがそのためにデザインされているから。)

二つ目のアプローチは破産だ。この場合、債権者は当該資産の価値までローンを減価することを強いられる。これは間違いなくデレバレッジの重要な部分になる。しかし最初の売り手(家計)と最後の買い手(別の家計)の間には高いレバレッジを抱えた中間業者たちが介在するので、大量の破産は、損失が滝のようになって金融システムを襲うパニックのきっかけになる可能性が高い。

そのような破産プロセスをまとめようとするならば、金融危機を効率的にやりくるすための絶対条件として、権利の申し立てを大規模に調整する仕組みが必要になる。それは政治的にも技術的にも複雑なものになってしまう。もちろん最終的には、債務のかなり部分はこのルートで対応する信用と相殺されるべきだ。国家がどの程度まで債権者の損失を社会化(socialise)するかが大きな政治決断になる。解決策は間違いなくある程度の社会化を含むだろう。政府が金融機関の預金を保証している分があるから。

三番目のアプローチは返済だ。どんなに借金があっても、何割かの人々は返済しようとする。実際、かなり多くの人がそうしようとする。汚名が伴う破産を良しとしない人々や、保有資産の価値が借金に比べてそれほど下落していない人々がいる。この大倹約家層に、単に自分たちがあるべき状態よりも貧しいからもっと倹約しようと考える人々が加わる。

元から債務が多かった人や、この新しい「資産貧乏層」は危機前に比べて消費を控えようという動機がある。また信用力を持つ家計はこれ以上消費しようとう動機がない。それどころか、不況で利子率が下がることで彼らの収入も減り、彼らもまたもっと倹約しようと考えるする可能性は高い。このような行動の変化がトータルに影響して当然「望ましい」家計の割合は増え、家計部門の「望ましい」黒字は増える。

簡単な論理で次のようになる。家計、企業、政府そして海外部門を合計した財政バランスはゼロにならなけらばならないから、家計部門の黒字の増加は他の部門の黒字を相殺するはずだ。

危機以来の不況で経営者は投資をカットしたので、企業部門の黒字はずっと増え続けて今に至っている。今回の危機では、高所得国における非金融企業部門の黒字の増加が非常に大きい。高所得国の非金融企業部門は危機以前から黒字を継続してきたが、現在もさらに巨大な黒字を得続けている。

対外黒字へのシフトも、債務で苦しむ経済の経常黒字シフトを意味するが、これは時間がかかる。国内と同様に、世界の残りの場所における節約と投資のバランスが変化しなくてはならなから。実際、英米や債務国が完全雇用を達成する程の黒字になるほどの収入になるような調整を、黒字の国々がわざわざ望むわけがない。だからこの道も閉ざされている。悲しいかな。

すべてを除去していくと、危機後の不況において家計部門を黒字にオフセットできるのは政府部門だけということになる。まさにこれが実際に起こったのだ。

私の結論、それは冒頭の一般通念と正に逆になる。大きな経済が危機後の不況に陥っている今、家計部門がデレバレッジできる唯一の方法は、政府によるレバレッジである。破産を促進してしまうと、恐慌にはならなくとも間違いなく不況が深刻化してしまう。結局この経済は他の方法によるデレバレッジはできないのだ。仮にもし政府が一夜にして債務を帳消しにしようとするなら、民間部門もゼロに戻さなければならない(あるいは海外とのバランスを素早く大シフトさせるか)。今は債務過剰だから、民間部門の収入から絞り取るということになる。そうすると彼らは借金を維持できなくなるだろう。この状況は大量の破産と不況という結果をもたらす可能性が高い。

この後半(訳注:大量の破産と不況)は実際、ヨーロッパの端の国々が恐れている事態である。その国々は、家計が負債を返済しようとし、企業が投資を削減している中で、財政赤字の削減を強制されているのである。私はこのヘアシャツ政策が[3] いくつかの国と、もしかするとユーロ圏そのものの意思を打ち砕いてしまう結果になることを恐れる。

巨大債務を扱う時の、最悪ではない方法は次の三つの要素から成る。

  • 望みがないほどの過大債務については破産を促進
  • 債務者が債務を維持したり返済するのを助ける低金利
  • 借金を返済する人々の収入を維持するため、巨大な財政赤字を受け入れること。民間部門が借金を返済しようという時に財政赤字を削減するという、ご推薦の選択肢は合成の誤謬に陥っている。経済の全部門が同時に収入より支出が少ない状態になることはあり得ない。

もちろんこのプロセスが進むとともに、GDPに応じて民間部門債務は減少し、公的部門債務は増加する。これは大問題だろうか?いくつかの国々では答えはおそらく、イエス。その国々は強力な債務の再構成が民間部門と、非常に高い可能性で公的部門でも起こる。しかしそれ以外の国々、とくに米国は巨大な財政赤字を賄えるし、必要ならば中央銀行によってファイナンスすることができる。この、民間部門の債務の再構成と返済のプロセスが終われば、民間部門は再び収支が均衡し、消費ができるようになり、消費したいと思うようになる。同時に大きな借金も容易にできるようになる。政府債務の実質金利が実質正常率を大きく上回らない限り、公的債務のGDP比の水準は安定化するので経常黒字さえ必須ではなくなる。

その時おそらく、新しく再生された経済の中で財政赤字の大半が消えているだろう。そしてやがて公的債務のGDP比は通常の経済成長を通じて低下していくだろう。財政政策を、長期的に支出コントロールするように構造変化させれば、これはもっと信頼できるものになる。

要するに、我々は民間部門の過大債務を財政赤字の増加で処理することができるどころか、そうしなければならないのだ。それが深い不況と、大量破産の途方もない混乱を避ける唯一の道だ。またこれは債務のリストラクチャリングを妨げるわけではない。民間部門の債務リストラの経路を作ることも非常に重要だ。ただしそのため我々は、中間金融業者とその信用供与者が損失拡大を余儀なくされることについて、よく準備しておかなくてはならない。

経済分析は、一つの家計を分析するのと同じではない。家計においては正しいことも経済全体では正しくない。この真実を認識しないことは深刻な政策ミスを招くだろう。

  1. 訳注1:財政緊縮派 []
  2. 訳注2:オーストリア学派 []
  3. 訳注3:ヘアシャツとは僧侶が苦行の時に着るものらしいです []