2006年3月のFTより〜日本銀行は己のインフレ理論を説明する義務がある by Anil Kashyap

古い記事で恐縮ですが、Kashyap教授が2006年3月12日にFTに寄稿した日銀に関する記事の翻訳です。


先週、日本銀行はデフレを根絶したとし、それに伴い金融政策の新しいアプローチへ向かうことを宣言した。これまでなされてきた説明をもとに考えるならば、日銀の意図はゼロ金利を維持し、物価の安定を通じて経済の健全な発展をもたらす義務をどのように達成できるかを再評価することにある。

しかし、この強い主張は日銀の「新たな金融政策運営の枠組みの導入について」の詳細に埋もれている[1]。今や日銀は公式に「わが国の場合、もともと、海外主要国に比べて過去数十年の平均的な物価上昇率が低いほか、90年代以降長期間にわたって低い物価上昇率を経験してきた。このため、物価が安定していると家計や企業が考える物価上昇率は低くなっており、そうした低い物価上昇率を前提として経済活動にかかる意思決定が行われている可能性がある。金融政策運営に当たっては、そうした点にも留意する必要がある。」と述べている。

これは恐ろしい宣言である。つまり日銀は失われた10年における低インフレへの責任はほとんどないと言っていて、むしろ低インフレは日本に固有のものであると主張しているのだ。これは大恐慌時にアメリカの潜在成長率が低かったと主張したり、アルゼンチンが3ケタのインフレを経験したのはアルゼンチン国民が高インフレに慣れているからだと主張しているようなものなのだ。近年のデフレへの責任を拒否する姿勢から日銀は未だに深刻な混乱に陥っていることがわかる。

銀行の意思決定についてのごく当たり前の分析がこの驚くべき主張には欠けていて、そのかわりに他の二つの問題に焦点を当てている。一つは「(日銀が銀行の超過準備をあふれさせる)量的緩和」は理論的な根拠がほとんどない、としていることである。量的緩和は部分的にはゼロ金利の維持をサポートするためであり、また長期にわたってゼロ金利を維持するというコミットメントである。標準的な経済理論でこのようなタイプのコミットメントがより長期の金利が低下することを説明できる。日銀はこれまでずっと(ゼロ金利が長く続くというシグナル効果以外では)超過準備の利用がどのような効果を持つのかを説明できずにいた。よって、日銀が金利をゼロを保っている限りにおいて超過準備を解消しても何の変化も起きないと日銀の思考は続くのである。

焦点の2点目は、日銀が現在直面しているコミュニケーション問題である。日銀はデフレが終わるまで政策を変更しないと繰り返し発信してきた。量的緩和の停止は日銀の将来の政策スタンスを発信する新たな言語と戦略の発明を余儀なくさせる。ほとんどのウォッチャーはこのような隙を埋める自明な方法はインフレ目標採用の宣言であり、世界中の中央銀行で行われているインフレターゲティングの枠組みにシフトすることである。

双方の主張に真実は存在する。量的緩和が成功したのは端的に言って長期にわたるゼロ金利へのコミットメントのためであって、市中銀行への超過準備の拡大のためではない。同様に、日銀は深刻なコミュニケーション問題を抱えている。しかし、これらの観察は日銀は日銀の行動が経済に与える影響について混乱しているという根源的な問題への注意をそらすものだ。よって好ましいインフレ率のレンジについての中途半端な発表やインフレターゲティングの採用や他のいかなる枠組みも機能しないだろう。

日銀は何をすべきか?第1に日本における金融政策伝播メカニズムがどのように働いているのかについての彼らの信念を明確にしなければならない。もし日銀が使える手段がインフレ率と成長にどのような効果を持つのか説明できないのならば、いかなるコミュニケーション戦略も無効である。

貨幣経済学者はゼロ金利への日銀のコミットメントが決定的に重要で、もしこの政策を維持できるならば経済は回復を続けることが出来ると信じている。さらに重要なことに、インフレ率はもと上昇するであろう。日銀が3%やそれ以上のインフレにすることを望まなければ、それ以上のインフレ率への上昇を防止させることを誰も止めることはできない。同じように、日銀はコミットメントが出来るのであれば彼らが望むいかなる正のインフレ率でも人々に予想させることが出来るのだ。もし日銀がこのような見解に異を唱えるのであれば、そうすべきでありまた他の全ての人が間違っていると説明しなければならない。

第2に、日銀は金融政策の伝播メカニズムへの日銀の見解と整合的なコミュニケーション戦略を構築しなければならない。インフレターゲティングの成功にはインフレのコントロールについて日銀の説明が必要条件である。インフレターゲティングの成功するためには中央銀行は全てを明確にしなければならない。それは通常は声明と行動が連結した定期的なインフレレポートという形をとる。日銀がインフレ予想を所与と捉える限り、明らかにこのルートへ向かう可能性はどこにもない。

日銀がこのような根源的な問題に立ち向かわない限り、日銀文学のいかなる「微調整」も無意味なのだ。

著者・カシャップはシカゴ大学ビジネススクールの経済学及び金融学教授であり、Corporate Financing and Governanc in Japan (MIT Press)の星岳雄との共著者である。


原文はカシャップのサイト内に保存されています(PDF)。2000年に行われた最初のゼロ金利解除に際してのクルーグマンの「ZIRP(ゼロ金利政策)の終わり」も併せて読まれることをお勧めします。

  1. 訳注:原文の”lost in the details 〜” の訳がちょっと不安。「〜に耽る」という意味もあるようなので。 []