ノア・スミスによるMMT批判(邦訳)への応答。。。と言うか。
MMT, Models, Multidisciplinarity (April 8, 2019) By Pavlina R. Tcherneva
ttp://neweconomicperspectives.org/2019/04/mmt-models-multidisciplinarity.html
(訳者口上)
本稿は、よくある主流マクロ経済学の人からのMMT攻撃はどのような構造をしているか、また、MMTがそもそも何を言っているかがとても分かりいやすく表現されていると思います。
同時に、もちろん本稿はMMTのジョブギャランティーに関する、専門家による絶好の入門になっています。
Learn MMT!
MMTへ攻撃はお笑いステージに移ったようです。直近では、ノア・スミスさまのこちらであられますが、私が1990年代に書いた「独占マネー:価格設定者としての国家」という論文が攻撃対象に選ばれました。
同論文は、MMTのキー概念の一つ「通貨の独占発行者は(独占企業と同様に)価格設定者となる」、に焦点を絞ったものです。私が教わってきた経済学ではこの概念がまったく考慮されていませんでした。そこで私はまず、徴税額と民間貯蓄需要を所与としたときに、通貨発行政府が支払う価格と、そのとき購入する実物資源の関係がどうなるかを検討するために、いくつかのシナリオを作り、いくつかの式を書きました。
この論文に続いては、MMT界隈から実証的な研究が蓄積されています。今回、はじめはノアのヒステリックなブログに応答しようと思ったのですが、それよりここでは、この論文の意義を簡単に述べ、そのあとでさまざまなトピックに関連するMMTerらの実証研究のリーディングリストを付けることにしようと思います。
ノアくんは、まだまだですから。
モデル化とは単純化であり、省略があります。しかし何らかの概念を明確にするためには便利なものです。そのときに、分析対象が現実世界を切り取った事実であるのか、それとも、架空のお話なのかということの違いがとても大事です。主流に使われてる、ロビンソン・クルーソーが無人島で生産し消費するというモデルは後者の例でしょう。私は現実世界に留まるのです。
この論文の議論はこうです。単純な例、つまり公共部門(通貨を独占する)が、ある一つの財(ここではサービス)、消防士の仕事を購入するという例を出し、「価格・税・貯蓄意欲を所与としたときに、公共部門はいったい何時間の消防労働を購入できるか」という問題を検討するのです。
ここでノアくん、「そのモデルは『 経済全体のすべての人が死ぬ 』ことになりますが!」と私を責めるわけですね(強調はノアくん)。
うーん、それだったら、いちばん気の利いた言い方はこうじゃないかしら。「先生!惑星が燃えていますよ!」
学部の経済学入門で習う「銃とバターのトレードオフ」をノアくんは覚えていますか? あれは、経済がバター(つまり、人々を養う)か銃(つまり、戦争)の両方を生産できるときに、二つの商品の生産割合が、いかなる比率であったとしても、生産可能性フロンティア(PPF)にある限り、経済全体における資源の割り当てはいつも効率的になっている!というものでした。
学生はこのモデルで経済学に入門します。学ぶ狙いは、効率的市場の結果からは、道徳的な支出-投資バランスは決まってこないことを覚えることです。(銃を、化石燃料なり監獄なり、どんなことに置き換えてもPPFで考えて同じ話をすることができます。)
もし私が論文の中でもう少し伝統にこだわって、消防でなく銃を例に使っていたなら、ノアくんのドラマチックな結論、「チャーネバのモデルは「死の雇用」だZe」というお話も、何か意味ありげにみえてしまったかもしれませんね!
私はたまたま消防士にしたんですね。傭兵とかではなく、救う人、みたいなイメージで。
そしてノアくんは、この一財モデルは「政府のために事実上の奴隷労働をする人々」なのだという方向に読者を誘導したい。なぜなら、この論文では植民地の税の話が引用されているぞ!と。(ここまでくるともう気が狂い過ぎているので、相手をすると負けます。そこで、MMTに関心ある方々のために、この話のつながりを説明します。)
確かに論文の冒頭では、植民地時代のアフリカで新通貨の需要を創出するために、税がどう使われたかについて、著名な学者を引用しています(税によって「換金用の農作物」と「賃金労働」が生まれた)。 目的は、税の強制的な性質を示す例を出すことです。
この、税が強制であることに異議がある人はいるでしょうか。税は強制です。互恵的なものではありません。民主制社会でも独裁制社会でもこのことは同じです。
「人々が通貨を使うのは、その通貨で税を支払うことになっているからだ」。ウォーレン・モズラーのこの議論を初めて聞いたとき、ぜったい怪しいと思ったものです。でも、よくよく調べてみたのです。指導教授だったマット・フォステイターがダイレクトな証拠をくれました。それはアフリカ植民地のサンプルでした。人々に通貨を使わせるため、また、使わざるを得ないように仕向けるためには税を用いればよい。そして、実際にそうされているのだということを示すサンプルだったのです。私はこのサンプルをチャールズ・グッドハートに渡しました。そうしたらびっくり、彼はのちに有名になった論文、「貨幣の概念二つ」でこれを使ったのです (ノアくんに見つかったのがこっちじゃなくてよかったね!チャールズ)。
こうして、MMTによる貨幣史の検討がスタートしました。
税の、通貨を流通させる性質を示す「民主的な事例」も、もちろんたくさんあります。2001年、アルゼンチンのある州では金融財政の危機に陥り、独自通貨(パタコンほか)が導入されました。州政府は市民に対し、地方税と公共料金の支払いはこの通貨で行うよう定め、同時に、州の公務員給与や支出先の業者への支払いを新通貨で行うようしたのです。当時、私はアルゼンチンにいたのですが、人々が新通貨を好んだわけではなかったことは保証できます。ところが店頭には「パタコンでOK」と書かれた表示が出るようになりました。こうしてベン・フランクリン – 有名な紙幣の支持者 – の主張を知ることになりました。それは「将来の税金の支払いに使えるということが通貨に価値を与える」というものです。言い換えれば、税は政府支出を「賄う」ために使われてきたのではないのです(アフリカ植民地政府の場合も、通貨を使い始める前にその通貨の税を徴収することはできませんよね)。税は、通貨の一部分を循環から取り除くことによって、通貨価値を維持することを目的に用いられてきたのです。
この論文の続編になる、権力と貨幣についての論文で私が論じたのは、政治的な完全主権は、通貨の主権を欠いては確立されることができないということ、また、経済圏をめぐる植民地間の争いで勝利するためには、通貨を発行し統制する権利が決定的な事柄だったのだ、ということでした。アメリカ独立戦争も、1751年と1764年の通貨法に対抗する通貨発行権を獲得するための戦いでもあったのです。代表なくして課税なし。
従って、そう、通貨が「受け取ってもらえる」のは、税を支払う必要があるからです。民主的かどうかはまだ関係ありません。その上で、通貨の民主化に真剣に取り組むのであれば(通貨が税との関係で誕生したものである以上は)私たちは、通貨を公益に資するものにしなければなりませんし、通貨が生み出す失業、これこそは絶対に消滅させなければならないものです。詳しくは、ハーバードで開かれたクリスティン・デサンの会議で「民主主義の媒体としての貨幣」と題して発表したのですが、「貨幣の民主化」は「労働の民主化」なしに実現することができないのです。
このように、植民地時代のアフリカの事例は、たまたま私たちが最初に知ったものの一つでしたが、その後、貨幣の由来を研究することによって、税が貨幣を流通させていることが、何度も何度も確認されてきたのです。私たちはこれを掘り下げ、貨幣の歴史(そして貨幣についての思想の歴史)についての文章を山のように書いてきました。(チャールズ・グッドハート、マット・フォステイター、ランディ・レイ、ジョン・ヘンリー、エリック・ティモワーニュ、アッラ・セメノバ、そして私の論文や本や論説を以下に紹介しますが、これらはそのうちのほんの一部です)。
イネス、クナップ、そしてケインズは重要な洞察を遺しました。にもかかわらず、架空の物々交換・中立貨幣のモデルに依拠するようになってからの、現代の経済学者たちは使い物にならなくなりました(ファーリー・グラブという貴重な例外はいます)。私たちは、それとは異なる方法を探索したのです。その結果として、貨幣とは、市場(または物々交換)から自発的に出現するものなのではなく、国家(とても広い意味での)が国民に対し互恵的ではない義務を課すパワーから出現しているものである、このことの証拠を数多く見つけてきました。
歴史家や、人類学者、社会学者たちの仕事の中には、私たちの主張を裏付ける証拠や、主張を補強する議論があることがわかってきました。( Philip Grierson 、 Viviana Zelizer 、 Michael Hudson 、 Christine Desan 、David Graber 、その他)。 私たちは、そうした先人の仕事から学んで来たのです(もちろん、だからと言って、彼らがMMT(のすべて)を支持または同意しているのだとは言っていません)。 MMTには法律、政治学、人文科学、金融などの同僚も加わるようになりました。こうしてMMTプロジェクトは、まさに学際的なものになったのです。MMTの仲間たち、 ここに掲載するにはあまりにも多いMMT関係者は、二度のMMT学会とクリス・デサンのワークショップで初めて集まることになりました。他分野でも、貨幣の研究を新しい観点から再構築していこうという動きがあります。例えば、レベッカ・スパンによる先日の歴史家へのアピールを読んでください。
まとめましょう。あらゆる経済的/歴史的文脈において、税は貨幣を流通させています。ノアくんが理解しても、しなくても。高校生くらいになれば、こうして事実を単純にモデル化することが大量虐殺体制を支持することになるなんて、なるわけがないと普通はわかるものです。
それでは、彼が批判している論文の含意をごく短く要約しましょう。その後ろにMMTのさまざまな話題についての実証研究リストを付けます。
タイトル 独占貨幣:価格決定者としての国家
(こうじゃないよ→ ある消防士が損失を被ったとか、国のための奴隷労働の話)
- 標準的な経済学でも独占が議論されるが、ある純然たる独占が抜けている。貨幣の独占だ。
- 税が「貨幣的失業」というべきものを引き起こす。このことは認識されていない(私の見解ではケインズとは相容れない話ではない)。税を、ある定められた通貨で支払うという義務によって、商品およびサービスがその通貨単位で提供されることになる。
- 政府はこうして商品およびサービスの購入手段を決めることができ、また、税に対して適切な量の通貨を提供することができる。これができていないときに、結果として発生するのが非自発的な失業だ。
- 政府には、自らが引き起こした失業を解決する責任がある。
- 政府がそれをしない場合、雇用/失業の水準を決めることはできない(とりわけ、貯蓄欲求が不確実であるから)
- 政府は、失業者を直接雇用する手段と能力を備えている。
- 通貨の独占者としての政府は、労働の単価を決め総額を変動させることができる(税または貯蓄欲求を調節することによって)。これを「価格固定-量変動」ルールと呼ぼう。
- 現在の政府が採用しているルールはこれではない。政府は「量固定-価格変動」ルールに依拠している。このルールが財政を制約し、政府は商品とサービスを市場価格で購入するので、失業問題(上記)が解決されていない。
- 論文では、このインプリケーションを引き出すために、いくつかのシナリオを検討している。この方法によって、固定予算と変動予算との比較、また、「公的部門に移転できる資源の量はどのくらいか」、「ある税収を所与とする場合、その量を決めることはできない」といった問題を検討する。
- 最後に、ある疑問が浮上する。「国が価格を設定できるならば、政府はそれをするべきか?もしそうなら、その額は?」
その結果、課税水準と貯蓄欲求を所与とすれば、政府が商品やサービスに支払う価格と、受け取る量との間には、反比例の関係があるとわかります。予算を制限すれば失業が起こり、必要量を満たすことができません。対して、政府は予算を変動させられるとする。そうすれば、反循環的な政策(ジョブギャランティーのような)をデザインすることが可能になり、これは優れた価格アンカー、また自動安定化装置として機能する。この続編にあたる論文では、そのモデル化を行っています。新古典派の基本的なPPFモデルでは「不快な」トレードオフが効率的と見なされるわけですが、対して、ジョブギャランティは、経済の安定化を目的に失業を用いることを明示的に拒否するのです。
後に、ウォーレン・モズラーとDamiano Silipoは、同じ論点(政府の価格設定力および、固定価格/変動量ルールを政策採用する特権)について実証的な議論を Journal of Policy Modeling で展開しています。彼らは、ECBの唯一の使命としての物価安定のために、ジョブギャランティ(彼らは暫定的求人と呼んでいる)を使う方法を提示し、それが他の選択肢よりも優れていることを示しています。二つのモデルからの含意は、物価水準の究極的な源泉は、政府の政策、そして政府が支払う価格なのだということです
MMTは、破滅の経済学どころか、完全雇用と価格安定のためのより優れた政策を指摘しているのです。
以下は、上記以外のMMTの実証的な研究(MMTを適用したさまざまな方法や論点の事例)に関する、とても小さいリーディングリストです。これはMMTの経験的かつ分析的な研究の、ほんの表面部分を引っ掻いたものです。そして、UMKC のMMT関係者に絞られています。このほかに、ビル・ミッチェルの膨大な仕事(ブログ、研究センター、書籍)や、独自の研究プログラムを進めている友人たち(例えば、Bond Economics)の議論を参考にしましょう。
教科書
- Macroeconomics, Mitchell, Wray and Watts
- Money and Banking, Tymoigne
リサーチペーパー
中央銀行/財務省の業務、財政金融政策
- Do Taxes and Bonds Finance Government Spending, Bell/Kelton
- Fiscal Effects on Reserves and Fed Independence, Wray and Bell/Kelton
- MMT and Fed/Treasury operations, Tymoigne
- Helicopter Drops are Fiscal Operations, Fullwiler
- Time to Reign in the Fed, Fullwiler and Wray
- Quantitative Easing and Proposals for Reform of Monetary Policy Operations Fullwiler and Wray
- Treasury Debt Operations—An Analysis Integrating Social Fabric Matrix and Social Accounting Matrix Methodologies, Fullwiler
- Functional Finance and the Debt Ratio, Fullwiler
- Sector Financial Balances Model of Aggregate Demand and Austerity, Fulwiler
- Sustainable Fiscal Policy and Interest Rates under Flexible Exchange Rates, Fullwiler
- Monetary Mechanics: a Financial View, Tymoigne
- Interest rates and fiscal sustainability, Fullwiler
- Yes Deficit Spending adds to Private Financial Assets Even with Bond Sales, Kelton
- Debunking the Public Debt and Deficit Rhetoric, Tymoigne
Exogenous Pricing
- Monopoly Money the State as a Price Setter, Tcherneva
- Maximizing price stability in a monetary economy, Mosler and Silipo
ジョブギャランティー
- Job Guarantee: Public Service Employment, Wray, Dantas, Fullwiler, Tcherneva, Kelton
- Macroeconomic Stabilization Through an Employer of Last Resort, Fullwiler
- The Costs and Benefits of a Job Guarantee: Estimates from a Multi-Country Econometric Model, Fullwiler
- Employer of Last Resort: A Case Study of Argentina’s Jefes Program, Tcherneva and Wray
- ELR-led Economic Development: A Plan for Tunisia, Kaboub
失業、格差、社会保障、貧困、住宅、金融不安定性
- Full Employment, Inflation and Income Distribution, Tcherneva
- A Hard Nosed Look at Worsening US household Finance, Tymoigne
- $29,000,000,000,000: A Detailed Look at the Fed’s Bailout, Felkerson
- Who Gains When Income Grows, Tcherneva
- Does Social Security Need Saving, Wray
- Central Banking Asset Prices and Financial Fragility, Tymoigne
- Measuring Macroprudential Risk through Financial Fragility: A Minskian Approach, Tymoigne
OK、以上、初学者の皆さんへ、でした。
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