支出は繁栄をもたらすのか by Russ Roberts

9月13日にCafe Hayekに掲載されたRussell RobertsのDoes spending create prosperity?の訳。いつものように誤訳の指摘お願いします。


財政支出は繁栄をもたらすのだろうか。それについて考えたとき、それは風変わりな考えだということがわかるだろう。財政支出は消費だ。消費は資源を使い果たす。これがどうやって繁栄をもたらすのだろうか? それどころか、因果関係は逆になっている―繁栄が財政支出をもたらすのだ。

ケインジアンのロジックはかなり魅力的だ。高失業率の時は、財政支出は需要を生み出すはずだ。どんな種類の財政支出であっても、だ。だから、もし消費者が支出することを望まなければ、政府が経済を刺激することができる。需要がどこから湧き起こるかに関係なく、需要は職を生み出すはずだろう? その後、これら全てが、普通「定常循環(circular flow)」と呼ばれるものもしくはケインズ乗数としても知られているものを通して経済全体に拡大される。彼らの財政支出は、もっと多くの雇用を生み出す需要をもっと多く生み出す。新たに雇用された労働者は使えるお金をよりたくさん持っている。彼らの支出がもっと多くの雇用を生み出す需要を生み出す。そしてすぐにまた景気が良くなる、と。

この話に反対する標準的な反論は、政府支出の財源はどこかからやってこなければならない、というものだ。(私は既にこの主張の自分なりの解釈を提出している) しかし、本質的には、資源はどこかからやってこなければならない、というものなのだ。そして、資源が(10%付近の失業率が物語るように)高い割合で十分に利用されていないとき、この反論は、豊かな時代に比べると説得力がないかもしれない。

しかし、ケインズ体制かつ高失業率の時でさえも、総需要主張はまだ疑わしい―製品の需要の高まりに直面した現実世界でのビジネスは単に現在働いている従業員をもっと働かせてもっと多く生産するか生産を増やすかわりに価格を上げることを決めるかもしれないからだ。失業率が10%であなたも従業員も将来を心配している時なら、両方とも理に適っていて実行可能だ。雇い主はそのような状況で新たに人を雇うことをためらう。従業員は、あまりきつくない仕事を探すよりも少しだけ熱心に働くことを熱望する。

しかし、ケインジアンのポジションに対するもっと良い主張はもっと全体的なものだと思う。経済がめちゃくちゃになっているとき、なぜあなたは支出を増やせば経済が動き出すと思うのだろう? 当面の短期の効果がお金の受け取り手に制限していることを別としても、なぜそれに効果があるのだろうか? なぜそれですべての経済がまた動き出すのだろう?

たくさんの湿った木材があって、火をつけた新聞でそれに火をつけようとするところを想像してほしい。新聞が燃えている間は火があるだろう。しかし1度新聞を使ってしまうと、木材に火は付かないままだ。もっと多くの新聞を燃やしたとしても(もっと大きな刺激策でも)、火が付くほど乾かすには至らない。

そして私たちは経験上の疑問とともに残された。ケインジアンの全ての現代的で数学的な支えとともに語られるケインジアンの説話はただの物語以上の何かなのだろうか? 政府の1ドルの支出は経済活動の1ドルの支出より多くを生み出すのだろうか? つまり、その火は消えそうになっていて、そしてなにより将来についてのより多くの悲観主義を生み出しているのではないだろうか?

どちらのイデオロギーの側から来るかによって経済学者が持ってくるこの質問への答えは随分異なったものになる。彼らがこの質問に答えるためにするのは、さまざまな計量経済学的手法を用いて、政府の持っている他の全てを一定の分使ったときの独立した効果を引き出すことだ。推計結果は全て地図の上にある。

だから、自然の実験を見守るのが当然だろう。ケインジアンにはそれがある。第二次世界大戦だ。以前私が議論したとき、政府の軍事費が軍事部門を刺激するよりも多くのことをしたと考える理由は何もなかった。ケインジアンは当時の上昇したGDPと低い失業率を強調する。しかし、もし全ての男性・女性・子供を政府が購入しその後より多くの徴用労働者で埋めるためのロープを作り巨大な結び目を結ぶために徴用したとすれば、失業率はゼロになり、政府が結び目に高値をつければGDPは上昇し、そして私たちは餓死するだろう。これは繁栄ではない。繁栄の逆だ。

ロバート・ヒッグズが指摘したように、人々に軍で働くよう強制するとGDP(戦車や爆弾、軍の給与すべてを含む)が成長することは、繁栄について何も教えてくれない。あなたは当時人々が消費できたものを見る必要がある。戦車・銃・爆弾の製造の後に残されたものは多くはなかった。時代は、あなたが軍事部門にいれば話は別だが、ひどいものだった。

しかし、1兆ドルが投じられている別の自然実験がある。

対外援助だ。

西側諸国は貧しい国に1兆ドルを送っている。国内刺激ではないこの類のことは資源はどこかからやってこなければならないという批判にさらされない。対外援助では、資源は制度の外側からやってくる。だからこれはケインズ刺激の理想的なテストになるだろう。対外援助の受け取り手の国のほとんどは高失業率だ。だからそこには行動に移されるのを待って寝転がっている多くの余分の資源がある。

対外援助によって資金提供された全てのダム・橋・道路・その他の形態のインフラを想像してほしい。

しかし対外援助支出によってそれらの国に繁栄はもたらされたのだろうか? 一般にはそうではない。もしかしたら決してない。金は使われ無くなってしまう。ケインズ乗数は決して実現しない。そしてそれはケインジアンの経済学がおかしいからだ。私たちにあるのはひどい政府だ。彼らには堕落した風習がある。私たちにあるのは停滞した労働市場だ。だから貨幣の流入は繁栄をもたらさない。それは単に政治的支持のためのレントシーキングをもたらす。

オバマ刺激策がお金の無駄だったのか、さらに大きな不況から経済を救ったのか、それとも経済の自然回復を遅らせたのか、人々は永遠に議論し続けるだろう。それがさらに大きな不況から経済を救ったという証拠はどこにもない。それは本当に経済を救ったかもしれないが、証拠はないのだ。壊れた経済への大規模な注射を受けている証拠は、それらが経済全体でほとんど効果が無かったことだ。それらはお金を受け取る人々の役には立ったが壊れたものを直しはしないのだ。