R.レイのMMT入門 第一章第二節 MMT、部門間のバランスと動き

引き続きぼちぼち(とてもゆっくりという意味)いくよー
第一節はこちら


1.2 MMT、部門のバランスと性質

前節ではマクロ会計の基本を紹介した。 本節では、フロー(支出)とストック(債務)との関係を見ていきながら会計について少し詳しく説明する。経済状況の判断を間違えないためには、フローとストックの関係の「一貫性」(訳注:consistency、矛盾がないこと)を確認することが欠かせない。支出や貯蓄(フロー)には、由来と行先があることを理解する。またある部門の黒字は、他部門の赤字で相殺されていることを確認しなければならない。これらは、野球のスコアを記録することとかなり似ている。実際、現代の金融の世界でもほとんどの「スコア」は電気的に入力されている(電子スコアボード)。

さらにここでは、因果関係についてどんなこと言えるかについても取り扱う。一例として、政府の財政収支が黒字だったクリントン・ゴドリロックスの時期に、米国の民間部門の収支が赤字になっていた理由は何だっだのだろうか。どのようにしてそのような状況に至ったのだろうか、また、それを引き起こしたプロセスは何だったのだろうか。マクロ会計の恒等式(これは必ず正しい)の場合とは異なり、ある部門の収支の要因を確実に述べることはできない。 1990年代後半のゴドリロックス時代に米国の民間部門が赤字になっていた理由を説明するのは簡単なことではない。

財政赤字がいったいどのくらいの期間続くのかの予測はさらに難しい。予測とは、恐ろしく難しいものなのだ。もし容易に予測ができるなら、その結果に賭けをして大儲けができる。

別の言い方をすると、MMTや部門バランスをよく理解したからと言って、それだけで全部の因果を説明できることにはならない。自信過剰になってはいけない。偉大な ウェイン・ゴドリーはよくこう言っていたものだ。「自分は予測をしているのではない。『そうなったならこうなる』と言っているのだ。」

例えば、ウェイン・ゴドリーの仕事を引き継いでいるLevy Economics Institute(www.levy.org)でも同じような方法をとっている。たいていはCBO(米国議会予算庁)による予測を出発点にしている。CBOは、向こう数年間の政府の財政赤字と経済成長の見通しを示している。この予測は法律(すなわち、支出および課税を管理する法律、ならびに赤字削減に関する義務)に基づいて策定される。しかしCBOの予測はストックとフローが一貫しておらず、三部門バランスのアプローチも採用されていない。そういった観点で調べてみると辻褄が合っていないことがわかるのだ。

つまり、示されている政府の財政収支とGDP成長の予測があれば、そこに様々な経済パラメータ(例えば、消費や輸入の同行)の実証的見積もりを加味していくことによって、ストックとフローが一貫したモデルにすることができる。そのモデルを使えば、背後にある部門バランスや債務の動向を判断することができる。 Levy Instituteは、CBOによる予測で使用された経済成長率(例えば、プラス)および政府の財政支出の見通しは、他の二部門(民間および海外部門)の収支や民間債務の状況を考え合わせると、とても整合がとれそうになっていないという指摘をたびたびしてきた。このような分析をするためには、単純な会計恒等式以上の諸事項を検討しなければならないのだが、恒等式から外れていないかどうかは必ず確かめておかなければならない。

赤字から貯蓄へ、債務から資産へ

前節で、ある部門の赤字は他の二部門(のうちの少なくとも一部門)の黒字で相殺されていなければならないということをみた。また、ある部門の債務は他の二部門(の少なくとも一部門)の一つの金融資産と同等になっていなければならないことも確認した。このことはマクロ会計の原則から導かれる。しかし、経済学者としてはもっと多くのことも論じたくなる。経済学者は、科学者と同じように因果関係に関心を持っている。経済学は、複雑な社会システムを扱う社会科学だ。社会の因果関係は単純ではありえない。なぜなら経済現象とは相互依存、ヒステリシス、累積する因果、および期待に影響される「自由意志」などと関係するものだからだ。 しかしそれでも、すでに説明したストックとフローの因果関係から言えてくることはある。 一部の読者は、これから書かれる因果関係はケインズの理論に基づいていることに気付くだろう。

個人の支出は、おおむね所得に支配される。最初に論じるのは、民間部門における支出の意思決定だ。個人に関しては、所得が支出を決定していると主張するのは妥当と考えられる。無収入な人が、物やサービスの決断にあたり厳しい制約を受けていることは間違いない。しかし、さらによく考えてみると、個人レベルでも、収入と支出の間の関連はもっと緩やかであることも明らかだ。収入の範囲内に支出を抑えて純金融資産を蓄積することができるし、金融負債を発行して債務者となることで収入以上に支出をすることも可能だ。 それでも個人や企業おける収入と支出の因果関係は、完全ではないにせよ収入が支出を決めている部分が大きい。 逆に、支出が収入を左右すると信じる理由はほとんどないので、やはり因果の流れはおおまかに収入から支出という方向と結論しよう。

赤字が金融資産を生み出す。個人レベルで金融資産を蓄積するときの因果関係の方向についても言えることがある。 世帯や企業は、収入以上に支出(赤字運営をする)しようと決めた場合、購入資金を調達するために債務を発行することができる。その債務は、貯蓄する他の世帯や会社、あるいは政府に金融資産として蓄積される。 当然のことだが、こうして純金融資産の積み増すことができるためには、支出のために赤字にしようという世帯か、債務という形で富を蓄積しようとする世帯や企業、または政府が存在していなければならない。「タンゴは一人では踊れない」というわけだ。 純金融資産の蓄積を引き起こす最初の出発点は、赤字支出しようというの誰かの意思決定だ。 どれだけの多くの人々が金融資産を蓄積したいと思っても、誰かが赤字支出をしようと思わなければ実現できないのである。

それでも、世帯や企業が赤字支出するためには、蓄積した資産を売却するか、発行する負債を引き受けてくれる相手を見つけることができない限り不可能であることも事実だ。しかし、純金融資産を蓄積しようとする世帯や企業、政府、海外の人々が存在しないとは考えにくい。それゆえ、多くの企業や世帯は、赤字支出のための債務の引き受け先をすぐに見つけることができる。ただし、誰でも、また、どんな企業でも赤字支出ができるということではない。また、主権政府には特別な力、つまり徴税能力があるが、このことが、世帯や企業が政府債務を蓄積するための動機の存在を保証している(これは後で議論する)。

確かに因果関係は複雑であり、また「タンゴは一人では踊れない」とはいえ、結論としては、個人の赤字支出が金融資産の蓄積をもたらす、また、債務が金融資産をもたらすという順番になっている。金融資産の蓄積は黒字、つまり貯蓄行為に由来する。黒字とは、赤字支出で産み出された金融資産の蓄積なのだから、因果は赤字支出が貯蓄になるという順番と結論できる。

社会の総収入は総支出にょって創出される。 経済全体として捉えるとき、この因果関係はより明確だ。社会は単独で収入を増やそうと決めることはできないが、支出を増やそうと決めることはできる。さらに、すべての支出は、必ずどこかの誰かに所得として受け取られている。

最後に、先に論じたように、家計、企業、政府は所得以上に支出することがあることから、支出とは必ず所得に制約されているわけではない。 実際、我々が議論したように、三つの部門のいずれかが黒字であれば、他の少なくとも一部門が赤字になっている。三部門の収支の合計はゼロなずであり、総支出は総収入は必ず一致する。以上すべての理由から、全体で見るときには支出と所得の因果関係を逆転させる必要が出てくる。個人レベルでは、支出に先立って所得があるかもしれないが、全体レベルでは支出が所得を生み出している。

ある部門の赤字は別部門の黒字を生む。前節では,ある部門の赤字は他部門の黒字の合計と等しいという恒等式を示した。 経済を三つの部門(国内民間部門、国内政府部門、海外部門)に分けると、ある部門が赤字であれば、残りの二部門のうち少なくとも一部門は黒字になる。個人の収支分析の場合と同様に「タンゴは一人では踊れない」、つまり、ある部門は、他の二部門のどちらかが黒字になっていない限り、赤字になることはできない。 同様に、ある一部門は、他の部門が債務証券を累積しようとしない限り、債務を発行することができないとも言える。

もちろん、ある部門の内部で発行された債務の多くは、同じ部門内の別の者の債券という形で保有される。例えば、民間部門の企業の債務を調べると、そのほとんどは国内の企業や世帯が債権として保有しているとわかります。先に紹介した語法を使えば、それら企業や世帯の「内部の債務」は、黒字運絵師をしている世帯や企業が「内部の資産」として保有している。ただし、国内民間部門が全体として収入以上に支出していたならば、「外部への債務」を発行しており、他の二部門(国内政府部門と海外部門)の少なくとも一つが「外部の資産」として保有しているはずだ。

赤字の最初の原因は収入より多く支出しようという意思であったことから、因果関係の順番は大きく見れば赤字が黒字を生み、債務が純金融資産を生むのであった。他部門が黒字であることを望んでいない限り、赤字になることができないと理解すれば、このことは普通は問題にならない。純金融資産への志向は存在しているからだ。言ってみれば、金融資産を蓄積したいという欲望が存在するが、定義によりそれは誰かの債務なのだ。

結論

次の話題に移る前に、この節の内容は、どんな国のマクロ会計にも適用されるということを強調しておく。
登場する具体れではドルが使われているが、どの通貨であるかは関係ない。に関係なくすべての結果が適用されます。われわれの基本的なマクロ収支方程式、

国内民間部門の収支 + 国内政府部門の収支 + 海外部門の収支 =  0

これは、どの国のマクロ会計についても厳密に当てはまる。ある国の内部においては、外国通貨のフロー(ストックの蓄積)もあり、その通貨においてもまた同じ恒等式が成立している。

モデルを拡張し、それぞれが独自の通貨を発行する多数の国々を含むものにしても、この原則は何も変わらない。個々の国それぞれについて、また各通貨それぞれについてマクロバランスの恒等式が成り立つ。個々の企業や世帯(ついでに、各国政府)は、複数の異なる通貨建てでの純金融資産を蓄積することができ、ちょうど逆に、個々の企業や世帯(そして各国政府)は、いくつかの異なる通貨建ての純債務を発行することができる。個々の主体が、ある通貨では赤字でありつつ、別の通貨は黒字ということもある(ある通貨で債務を発行し、別通貨で富を蓄積する)、さらに複雑な話になっていく。それでもマクロ収支の恒等式は、すべての国、そしてすべての通貨について成立している。

コラム よくある質問

Q: この入門では「誰かが金融資産を蓄積したいと考えても、誰かが赤字支出しようと意図しない限り、そうすることはできない」と主張されている。しかし、望まずして在庫が蓄積する場合についてはどうなのですか?

A: 企業が「ウィジェット(製品)」を作るのはそれを貨幣という形にするためだ。最終的には製品を売って銀行口座に預金を得たい。売れていない場合に在庫に加算され、それはGDPでは投資としてカウントされる(NIPA:国民所得生産勘定)。民間部門内部の投資の増加は貯蓄の増加(政府および海外部門の収支が変わらなければ)と同じであり、民間部門(世帯や企業を含む)全体の収支への影響はない。ここで、海外の人がそれらの製品を注文したと想定しよう。その場合、会社が製品を売却(銀行口座の預金を受け取る)すると国内投資は増加せず、輸出が増加する – 部門間の収支バランスが変化する。他のすべての項目を無視すれば、国内民間部門がその収支に黒字を得て(貯蓄)、外国部門が「赤字支出」をしている。この言い方は、ここから派生する質問全てに答えられているものではない。本書のもっとあとの方で「サーキット・アプローチ」というものを見るが、そこにおいて、企業はどのように製品の生産資金を調達しているのか、そして、販売することで貨幣トークンの獲得を「実現」するに至らないときにどういうことが起こっているかを見ていくことになる。製品メーカーにおける望ましくない在庫の積み上がりのカウンターパートが家計部門の「貯蓄」だと考えることができる。製品を製造することが世帯の収入を生み出し、それは支出されるか、あるいは貯蓄される。当然ながら、企業は労働者が貯蓄しないことを願う。なぜならばそれは買ってもらえていないことを意味するからだ。世帯が貯蓄すると、製品は投資として在庫となる。これは企業にとっては問題だ。製造費用をカバーできなくなってしまう。しかし、外国人や政府が、需要のギャップを埋めるために介入することができる。売れ残り在庫として蓄積するところだった製品を購入することによって。

Q: 支出は本当に収入で決まりますか?支出のための借り入れについては?

A: 裕福な人は当然、収入がゼロであっても、資産を売却したりそれを担保にして借り入れをすることで、簡単に支出することができる。しかし、多くの世帯にとって所得が支出を決定しているのが事実だ。それはほとんどの人にとっての常識だ。しかし、より大きな視点で見たときに、総計レベルにおいて因果関係を逆転させて考える必要があるということだ。私の世帯の所得であれば、私の賃金や給与に幾ら払おうかという雇用主の意思決定で決まる。だから、世帯の消費は実際には所得に大きく依存する(消費は所得の増加に誘発されるので “誘発支出”と呼ばれる)が、その所得はどこかから得てきたものだ。多くは企業や政府の支出から、あるいは何かの利益、利息からだ。そしてその企業の支出は売上(家計の支出、あるいは外国人や政府や他企業の支出)の見込みに基づいている。また、政府支出と投資と輸出は、少なくともある程度「収入から独立」と言える(今日の所得にそれほど依存していない)。以上のことは経済パフォーマンスと説明するためにも予測するためにも重要だ。論理的な切り方もできる。ある社会は、全体として支出を増やそうと決めることはできるが収入を増やそうと決めることはできない(支出を増やさない限り)。論理的に支出が先なのだ。

Q: 貯蓄者が赤字支出を強いているのであって、その逆ではないのは? 世帯が支出をしないとGDPが低下して税収が下がり、それで財政赤字になるのではないでしょうか。

A: いい論点だ。当然、タンゴは一人では踊れない。もし政府部門が赤字ならば非政府部門は貯蓄をしている。もしくは、政府支出を増やすと非政府部門の支出が活性化するだろう。税収はその結果増え、政府の収支は改善するだろう。


R.レイのMMT入門 第一章第一節 ストック-フロー会計の基礎

(ぼちぼちいくよー) 第三章がこちらに 第一章 マクロ会計の基本 この章は、現代金融を理解するために必須となる基礎を抑えるところから始める。どうか辛抱してほしい。ここの重要性は、初めのうちは把握しきれないかもしれない。し


ポール・クルーグマン Quoraの解答から

クルーグマンQuoraに現る-解答からの抜粋 経済学者ポール・クルーグマンが質問サイトQuoraに11月20日に現れ、自ら質問に解答しています。そのうちのいくつかを抜粋しました。 なぜ米国経済は2018年後半から良くなっ


R.レイのMMT入門 第三章第八節 中央銀行と財務省の役割についてのまとめ

ひとくぎり(^^♪ 消しゴムさん、タイポご指摘どうもでした! 第三章 国内の金融システム:銀行と中央銀行  第一節 国の通貨建てのIOU  第二節 決済と債務ピラミッド  第三節 金融危機における中央銀行のオペレーション


R.レイのMMT入門 第三章第七節 財務省の債務オペレーション

(週末にでもゆっくりドゾー) 第三章 国内の金融システム:銀行と中央銀行  第一節 国の通貨建てのIOU  第二節 決済と債務ピラミッド  第三節 金融危機における中央銀行のオペレーション:最後の貸し手  第四節 銀行の


R.レイのMMT入門 第三章第五節 外生金利と量的緩和 

(今回はコラムもやってみました) 第三章 国内の金融システム:銀行と中央銀行  第一節 国の通貨建てのIOU  第二節 決済と債務ピラミッド  第三節 金融危機における中央銀行のオペレーション:最後の貸し手  第四節 銀


R.レイのMMT入門 第三章第四節 銀行のバランスシート、銀行の貨幣創造、銀行間決済

(あとのために重要な節) 第三章 国内の金融システム:銀行と中央銀行  第一節 国の通貨建てのIOU  第二節 決済と債務ピラミッド  第三節 金融危機における中央銀行のオペレーション:最後の貸し手  第四節 銀行のバラ


R.レイのMMT入門 第三章第三節 金融危機における中央銀行のオペレーション:最後の貸し手

(ここはサクッと・・・。引き続き誤字や意味不明箇所のご指摘を期待します) 第三章 国内の金融システム:銀行と中央銀行  第一節 国の通貨建てのIOU  第二節 決済と債務ピラミッド  第三節 金融危機における中央銀行のオ


R.レイのMMT入門 第三章第二節 決済と債務ピラミッド

(ぼちぼちと進めております。この節は旧版の教科書とかなり被っていますね。図を入れたのが自慢です(^^)/) 第三章 国内の金融システム:銀行と中央銀行  第一節 国の通貨建てのIOU  第二節 決済と債務ピラミッド  第


R.レイのMMT入門 第三章第一節 国の通貨建てのIOU

(第七節の紹介に向けてぼちぼちと。原文を載せていませんが、どこかで意味が通らなかったら翻訳ミスの可能性が高いのでお気軽にご指摘いただきたく) 第三章 国内の金融システム:銀行と中央銀行  第一節 国の通貨建てのIOU ←