MMT(現代金融理論)のエッセンス! ウオーレン・モズラー「命取りに無邪気な嘘 4/7」

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本翻訳は@やまぐろさんに大半をやっていただいたのです、感謝です。


命取りに無邪気な嘘 その4:
社会保障制度は崩壊している

事実:
政府の小切手は不渡りにならない


国会議員が全員信じているようなものがもし何か一つあるとすれば、それは「社会保障制度は崩壊している」ということだろうか。かつてオバマ大統領(候補)が「そのお金はいつか尽きているだろう」と言ったかと思えば、ブッシュ大統領は「破産」という言葉を一日に四度も口にした。マケイン上院議員もしょっちゅう「社会保障制度は崩壊している」と主張しているのだから。全員、間違い!


すでに論じてきたように、政府が自国の貨幣を「持っている」とか「持っていない」とかではなかった。政府は、わたしたちの銀行口座の数字をただ変更するだけだ。社会保障制度もその一つ。政府が社会保障費を適宜支払う能力に上限などない。


社会保障信託基金の口座残高の数字がいくつだったとしても別段問題はない。Fedにあるすべての口座は皆そうだが、信用基金とは帳簿の「記録」に過ぎないからだ。社会保障費を支払うときに政府がしなければならないことと言えば、受取人の口座の数字を増やし信託基金の口座の数字を減らす、それで全部だ。仮に信託基金の数字がマイナスになったとしても問題ない。それは単に、社会保障費の支払いによって受益者の口座の数字が増えたことを表しているのに過ぎない。


社会保障制度の民営化の是非は、ワシントンでなされる主要な議論のひとつだ。読者はもうおわかりだろうが、この議論は全く意味をなしていない。まずはそれを片付け、その次の話に進むことにしよう。


社会保障制度の民営化とは具体的にはいったい何だろう?そしてそれは経済や私たち個人に対しどのような影響を及ぼすのだろう?


民営化の考え方は、こうだ。
1. 社会保障の徴収と支給を共に減額する。
2. 社会保障費としての徴収が減る分で被雇用者は優良株式を購入する。
3. 徴収が少なくなるので、政府の財政赤字がいったんかなり拡大する。財務省は「それを賄う」(彼らの表現)ために国債を売る


これでわかっただろうか?簡単な言葉に置き換えよう。
- あなたの給料から社会保障のために引き落とされる金額は少なくなる
- あなたはこれまで引き落とされていた分の資金で株式を買うことができるようになる。
- あなたが将来リタイアした後にもらえる社会保障費は少々少なくなる。
- 但し、その時あなたは株式の所有者となっている。社会保障支払いを途中でやめた分よりも価値がついている可能性がある。


個人の視点からは興味深いトレードオフであるように見える。ただし、あなたが買った株式はかなり時間を掛けてゆっくり値上がりしていなければならない。案に賛成な人は、こう考える。


「これによりいったんは財政支出が大きく拡大するが、それは後の社会保障給付の抑制によって埋め合わせられる。そして、社会保障費として徴収されていたお金は株式市場に流れ込むことで、経済の成長と発展につながる」


案に反対な人は、2008年の大暴落を引き合いに、社会保障の代わりとして株式市場に資金を投入するなど危険性が高すぎると主張する。


「もし人々が株式市場で敗北したら、政府は退職者を貧困から救うために年金支給を増やさなければならなくなるだろう。だから、私たちが多数の高齢者を貧困ラインを下回るような危機に晒そうと思わない限り、政府がリスクを負うことになるのだ。」


両方とも、ひどい間違いだ!(いったいだれがこんなこと思いついたんだ!)


これはメディアの議論でよく現れる典型的な間違いで、「合成の誤謬」と呼ばれているものだ。教科書的な典型例を挙げよう。フットボールの試合を観戦中に、もっとよく見ようと立ち上がるとする。では、全員が立ち上がって観戦すれば全員が試合をもっとよく見えるようになるだろうか?そうはならない。全員が立ち上がってしまったら、誰一人立つ前よりよく見えるようにはならないどころか、立ち上がる前より見えなくなってしまう。


彼らはみな、社会保障制度への参加者という立場からのミクロレベルでしかものを見ておらず、国民全体をマクロなレベルで見ていないのだ。


マクロ(大きな絵、トップダウン)レベルで見たときに何が根本的に間違っているかを理解するためには、まず最初に「社会保障制度への参加とは、機能的には国債の購入と同じだ」ということを理解する必要がある。説明しよう。


現行の社会保障制度においては、あなたが今政府にドルを渡すと、後日ドルが戻ってくる。これはまさしく、あなたが国債を買うとき(もしくは普通預金口座にお金を預けたとき)に起こることだ。


いま政府にドルを渡し、後日ドルが戻ってくる。加えて利子がつく。そう、社会保障制度は結果としてよい投資ということになって多めのリターンをもたらしてくれるかもしれない。しかし利回りがいくらであるかという点を除けば、国債とほぼ同じなのだ。(なお、今やこのことを知ったあなたは議会よりも一歩先に進んでいる。)


スティーブ・ムーア


さて、これでCATO研究所の経済学部長のスティーブ・ムーアと私との数年前の会話について話す準備が整った。彼は現在CNBCのレギュラー出演者で、長年社会保障の民営化を推進しようとしてきた人物だ。スティーブは私が主催したある会議で、社会保障についてスピーチするためフロリダにやって来たことがある。彼は、国民に社会保障の支払いをさせるのではなく、その資金を株式市場に投入するに任せたほうが、退職して時間が経ったときには彼らにとって良くなるのだとする講演を行った。また彼は、政府の財政赤字の一時的な増加もそれには十分な価値があり、株式への資金が景気の拡大と繁栄を助け、それ続く景気拡大により長期的にはおそらく”払い戻されているだろう”と主張した。


その時点で私は質疑応答のセッションに持って行った。


ウォーレン:「スティーブ、あなたの言う、お金を政府に社会保障税の形で与え、後でそれを取り戻すというのは、機能として見れば国債を買うのと同じです。つまり、いま政府にお金を渡し、後であなたに返ってくるという機能という面においてです。唯一の違いは、高齢者がどのくらいのリターンを得るかですね。」
スティーブ:「そうだが国債の方が利回りが大きい。社会保障は2%の利子が付くだけだ。社会保障は個人にとって悪い投資だ。」
ウォーレン:「オーケー、投資面についてはあとで触れるつもりですが、あなたの民営化案では、政府が支給する社会保障の額を減らし、社会保障制度に参加していた被雇用者はその分のお金を株式市場に投入するということになりますね。」
スティーブ:「そうだ。1ヵ月あたり約100ドル、承認された優良銘柄のみに対してだ。」
ウォーレン:「なるほど。そして財務省は、徴収が減る分を埋め合わせるために追加の国債を発行し、それを売却する必要があるのですね。」
スティーブ:「そう、それは将来の社会保障支給という財政負担を減らすことにもなる。」
ウォーレン:「そうですね。私の論点を続けますが、株式を買うことになる被雇用者はその株式を別の誰かから買うわけで、株式の所有者は変わりますが経済に新しい資金が投入されるわけではありませんね。」
スティーブ:「そうだ。」
ウォーレン:「株式を売った人たちはそれによってお金を得ますが、それが追加国債を買うお金になると見ることができますね。」
スティーブ:「そうだ。そのように考えることはできる。」
ウォーレン:「するとどうなるでしょう。我々がすでに同意したように、被雇用者は国債を購入することと機能的に同義である社会保障への支払いをやめて、株を買うと。そしてその株を売った方人の方は、その代わりに新しく発行された国債を買うと。これをマクロのレベルから見てみると、いくつかの株式の所有者が変わり、またいくつかの国債の所有者が変わっているというだけです。社会保障を債券として捉えれば、株式総数も発行済国債も総数はほぼ変わりありません。ですのでこのことが経済や総貯蓄、その他のことに影響を与えることはありません。せいぜい取引手数料が発生するくらいでしょう。」
スティーブ:「そうだ、そのように見ることもできる。しかし私はそれを民営化だと捉えている。政府よりも人々の方が上手な投資ができると確信している。」
ウォーレン:「オーケー。しかし人々が持つ株式の量に変化はないとあなた同意しましたよね。するとこの提案では経済全体に変化はありません。」
スティーブ:「しかし、社会保障制度の参加者にとって変化は確かにある。」
ウォーレン:「そうです。そしてそれ以外の人にまさしくちょうど逆の変化が起こるということです。そしてこの点に関しては議会も主流の経済学者もまったく議論してきていないのではないでしょうか?あなたがたは提案の実態よりも、民営化という言葉に対してイデオロギー的なバイアスを持っているように見えます。」
スティーブ:「私はこの案がいいと思っているのだ。民営化を信じている。民間は政府よりも上手な投資ができると信じる。」


私はスティーブとの話をここで打ち切った。彼の提案は決して株式の数を変えないし、アメリカ人一般が投資のためにもつ株式の数も変えない。ゆえにマクロレベルでは、国民が「政府ができるよりも優れた投資」をできるようにはならない。そして、スティーブはそれを知っているが、彼にとって重要なことではない – 彼はこの話が非論理的だと知りながら、ただ話を続けるのだった。


メディアが彼を批判することもない。彼は「社会保障制度よりも株式の方が良い投資である」だとか、「政府が国債を売らなければならなくなり、それが投資に使われるべき貯蓄を奪う」だとか、「政府債務がどんどん増大るすると政府は破産の危機にさらされる」などと、私たちが「無邪気な嘘」と呼んでいるありとあらゆるナンセンスを展開しているのだが。
残念なことだが、命取りに無邪気な嘘はモグラ叩きのようにあちこちから湧いてきて、どこからまともに相手をして行けばいいのか見えにくくなってしまうほどだ。


そして議論のレベルが低くなって行く!この「世代間の」とかいう話は次のように続く。「問題なのは、30年後には今より多くの退職者が存在するので労働者人口は今よりも減少し(それ自体は真実だ)、社会保障信託基金が枯渇してしまうことだ(あたかも信託基金の口座の値が政府の支出能力を制約になるなどと、、、馬鹿馬鹿しい話だが彼らはそう信じている)。だから問題解決のため、高齢者が必要な財やサービスへの支払いをするための十分なお金を持てるようにするべく、何とかしてその方法を構築する必要がある。」その考え方がとんでもなく酷いのだ。


労働者が減少し退職者が増加する問題(”依存人口比率”と呼ばれる)だが、彼らは「高齢者が十分な購買ができるための基金を確実に作ることで問題を解決できる」と考える。


こんな風に考えてみよう。もし今から50年後、現役で働いている人はたったの一人、退職者が三億人だとしよう(単純化のために誇張している)。現役のたった一人ですべての食糧を生産しなければならず、あらゆる建物を建てメンテナンスする必要があり、洗濯をしたり、すべての医療ニーズを満たしたり、テレビ番組を制作する、エトセトラエトセトラエトセトラ・・・と、この一人はものすごく忙しいだろう。さて、いまのわたしたちは、この三億人の退職者が彼一人に対して支払うための十分な基金を確実に持てるようにしておこうと考える必要があるのだろうか?私はそうは思わない!これは明らかにお金の問題ではない。


我々がしておかなければならないこと。それはこのたった一人の労働者が十分賢く、また十分生産的であるようにしておき、またすべてをこなすために十分な資本財とソフトウェアがあるような状態を作っておくことだ。さもなくば退職者たちがいくらたくさんのお金を持っていようと深刻な問題に直面してしまう。ゆえに今の問題というのは、現役労働者を充分には生産的ではない状態に留めておくことの方で、その結果が将来の資本財とサービス不足につながってしまう。


「”支出のためお金”を多くためておく」というスローガンはせいぜい物価上昇につながるだけで、より多くの財やサービスを創出することには決してつながらない。この主流派ストーリーはいっそう酷くなって次のように展開する。「それゆえ、政府は今のうちに歳出を削るか増税をしておく必要がある。将来の支出に備えて資金を積み増しておくためだ。」これはまったく馬鹿馬鹿しい話で、われわれ現役世代の幸福だけでなく、将来世代の生活水準をも破壊する「命取りに無邪気な嘘」であることを読者はもう理解されていると信じる。


私たちはもう、政府はドルを持つとか持たないとかではないと知っている。政府は私たちの銀行口座の数値を増やすことで支出し減らすことで徴税している。税率を上げることは私たちの支出能力を下げることにはなるが、政府の支払い能力を何ら増やしはしない。もし支出が多すぎて、経済が”過熱”(経済という巨大デパートで売られているものに対する、私たちの購買力が強すぎるということ)したそしてもそれはまあオーケーだ。しかしその逆の場合、今の実態が正にそうなのだが、仮に完全雇用状態だったら生産され売りに出されるであろうものに対して支出がはるかに弱いようなときは、増税して私たちからさらに支出能力を奪ってしまうと、それは実態を更に悪化させることにしかならない。


このストーリーは、まだまだ酷くなる。主流派経済学者は、私たちが今日作ることができるもののうち、50年先も役立つ実際の財などほとんどないと言う。


そしてこう続ける。「私たちが遠い未来の子孫のためにできるたったひとつのことは、彼らが将来の需要を満たせるようにすることを確かなものにするために、彼らが知識と技術を持てるよう今ベストを尽くすことだ」、と。公共の財産を未来のために「抑制(貯蓄)」するために我々がすることは今日の支出をカットなのだと言う。皮肉なことにそれは何にもならないどころか、雇用と成長を減らし、我々の経済を後退させることにしかならない。そしてさらに悪いことに、またがっかりさせられることに、私たちの指導者が方針を誤ってまず削減したのは教育分野だったのだ。教育こそは子供たちの50年後のためにいま為されなければならないことだとは、主流派も同意するところであるのに。


もし政策決定者が、通貨システムがどのように機能しているかを正しく把握したならば、問題は社会資本そして恐らくはインフレなのであり、政府の支払い能力は問題ではありえないということに気づくことになるはずだ。


彼らが高齢者の収入をもっと確保しておきたいと考えていたならば気づくだろう。問題は単純に「便益の向上」なのであって、真の課題は「私たちは高齢者に対してどれくらい水準の実質資源を割り当てたいのか」なのだ。高齢者にどのくらい食料を割り当てるのか?どの程度の住居を?衣服を、電気を、ガソリンを、医療サービスを? 本当の問題とはこういうこと。そしてそう、高齢者により多くのモノとサービスを与えることは、残りの人たちの分が少ないということになる。私たちの本当のコストとは、高齢者に割り当てているモノやサービスの量なのだ。それにいくらを支払っているかでは決してない。それは銀行口座の「数字」でしかない。


そしてもし将来を心配するようなリーダーであるなら、その目的から見て価値が高いと考えられる教育形態に対して助成をするだろう。


しかし、彼らは金融システムを理解していない。理解するまではこうしたことを「正しい方向性」で把握することはない。


そうであるかぎり、この社会保障に関する「命取りに無邪気な嘘」は、私たちの今の幸福と将来の幸福の両方を棄損し続けるというわけだ。


ウェイン・ゴドリー 危機をモデル化した経済学者【MMTの先駆者シリーズ@道草】

2013年のNYT記事の翻訳になります。内容は、MMTの主導者の一人ウォーレン・モズラーのヒーローでもあったというウェイン・ゴドリー氏の紹介。 ttp://www.nytimes.com/2013/09/11/busin


ステファニー・ケルトン「国会はすべての国民にポニーを与えられる(十分な頭数が繁殖すれば)」(2017年9月28日)

Congress can give every American a pony (if it breeds enough ponies) By STEPHANIE KELTON, Sept. 28, 2017 (ttp:


MMT(現代金融理論)のエッセンス! ウオーレン・モズラー「命取りに無邪気な嘘 3/7」

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ステファニー・ケルトン「赤字をどう考えるかが違っている」 by ステファニー・ケルトン(OCT. 5, 2017)

ニューヨークタイムスの ”How We Think About the Deficit Is Mostly Wrong” (ttps://www.nytimes.com/2017/10/05/opinion/defici


MMT(現代金融理論)のエッセンス! ウオーレン・モズラー「命取りに無邪気な嘘 2/7」

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MMT(現代金融理論)のエッセンス! ウオーレン・モズラー「命取りに無邪気な嘘 1/7」

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ジェイムズ・K・ガルブレイス「命取りに無邪気な七つの嘘(ウォーレン・モズラー)」 への序文

MMT(Modern Monetary Therory)創始者のひとり、ウォーレン・モズラーがサイトで配布している「SEVEN DEADLY INNOCENT FRAUDS OF ECONOMIC POLICY、ttps


ステファニー・ケルトン「財政赤字は気にしなくていい」(2018年1月4日)

The deficit doesn’t matter: Thinking morally about the economy with Stephanie Kelton by Daniel José Camacho, o


「高齢化社会に向けて財政問題に向き合う責任、ですって?」By MMTers

オバマ政権で副大統領を務めていたジョー・バイデンの首席アドバイザーだったジャリッド・バーンスタインがブログにおいてMMTへの4つの質問を投げかけ、MMT側が張り切って回答を寄せています。そのうち、四つ目の質問に対する回答