ウェイン・ゴドリー 危機をモデル化した経済学者【MMTの先駆者シリーズ@道草】

2013年のNYT記事の翻訳になります。内容は、MMTの主導者の一人ウォーレン・モズラーのヒーローでもあったというウェイン・ゴドリー氏の紹介。
ttp://www.nytimes.com/2013/09/11/business/economy/economists-embracing-ideas-of-wynne-godley-late-colleague-who-predicted-recession.html


ボストン – 2008年の金融危機と大停滞は、依然として生々しく痛みを伴う記憶だが、多くの経済学者は、1930年代の大恐慌時代とその後に起こった考え方に根本的な変更が必要かどうかを自問している。 国際通貨基金(IMF)のチーフエコノミスト、オリビエ・ブランチャードは2011年の会議で「我々は新世界に入っている」と述べた。「経済危機は私たち多くの信念を疑わせるものであった。私たちはこの知的挑戦を受け入れる必要がある。」

危機を予測することができなかった主流モデルの改革に経済学者たちが挑戦するならば、差し迫っていた危機に気づいていた数少ない経済学者の一人である、レヴィ経済研究所のウェイン・ゴドリー(Wynne Godley)を参考にしなければならないだろう。残念ながら ゴドリー氏は2010年に83歳で亡くなった。

しかし、彼の影響は広がり始めている。フィナンシャル・タイムスの著名コラムニスト、マーチン・ウルフや、ゴールドマン・サックスのグローバル投資研究のチーフエコノミスト、ジャン・ハッジアスが、ゴドリーのアプローチを拝借している。北米と欧州のいくつかの経済学者グループ(危機後に金融と慈善家ジョージ・ソロスによって設立された新経済思考研究所が支援しているグループも含まれる)も彼のモデルを使い始めている。

オランダのグローニンゲン大学のDirk J. Bezemerは、2011年の研究の中(訳注:こちら(Pdf))で、広範な経済的脅威をあらかじめ公に警告しており、債務が危機をもたらすとし、タイムフレームをも特定していた専門家を12人挙げている。

ニューヨーク大学のヌリエル・ルビーニをはじめ、そのうちのほとんどは非公式の記事の形で警告を残していた。 しかし、ゴドリーは「フォーマルなモデルを持っていたという意味で最も科学的だった」とBezemerは言う。

このようなことはゴドリーとって珍しいことではなかった。2000年1月、ビル・クリントン大統領の経済顧問評議会は、経済は依然として「若者のように壮健な」拡大を続けているとした。同じ3月、ミズーリ大学カンサスシティ校にいたゴドリー氏とL・ランダル・レイ氏は、「ゴルディロックス経済は終わりつつある」と宣言した。その数日後、ナスダック株式市場はピークを迎え、ドットコムバブルの終焉を予告した。

なぜモデルが重要なのか? Bezemer博士が言うには、モデルは経済学者の考えを明確に詳述するものだ。 モデルを使うことなら他の経済学者もできる。容易でないのは洞察を写し取ることだ。

ゴドリー氏は米国ではそれほど目立った存在ではなかったが、母国の英国ではよく知られていた – ロンドンのタイムス紙は、彼を「その世代で最も洞察的なマクロ経済学者」と呼んでいた。たいていは反逆者としての描写だったのだが。

主流のモデルは、個々の主体が自己の利益を最大化することを通して、市場が経済を平衡状態に移行させると仮定する。 好況や崩壊は、不安定な政府支出や技術開発の力学やその停滞など、外部からの力によるとする。銀行の役割はせいぜい事後的な説明に登場する程度だ。

これに対しゴドリーのモデルでは銀行を核に位置づけ、それは成長を促進するだけでなく、脅威をももたらすとする。家計や企業は家を建てたり、生産に投資するために借り入れをする。 しかし彼らの期待は間違えることもある。過剰負債に巻き込まれたり、縮み上がることもある。 市場そのものが好況や崩壊を生み出す。

いったいゴドリー氏はどうして、正式な経済教育を受けていなかったにもかかわらず、自分の判断を伝えるモデルを開発することができたのだろうか? 幼年期の困難を克服した彼のすばらしい努力がその理由の一端かもしれない。ケンブリッジ大学のティアゴ・マタ氏は、彼の人生は、「責任を失ってしまうかもしれないという恐怖」に直面しつつ「真の声を探求」するものだったと言う。

ゴドリー氏はかつて、自分の幼年期は「作られた自己」に縛られていて、周囲の人や出来事に自発的に反応するすることを避けていた、と述懐したことがある。彼の両親はひどい別れ方をした。母親は芸術方面の創作に時折出かけていなくなり、家にいるときには彼女自身がいうところの「私の痛み」を長時間ベッドの中で嘆いていた。

ナニー(乳母)に育てられ、「未婚で厳格な叔母は私が泣くと私を激しく揺さぶった」。ゴドリーは7歳でプレップスクール(寄宿舎学校)に送られた、彼自身が「恐怖の館」と呼んだところだ。

それにもかかわらず、ゴドリー氏は並外れた才能を発揮し世俗的な成功を収めた。まずオックスフォード大学で哲学、政治、経済学を専攻し1947年に卒業したあとパリ音楽院で学び、BBCウェールズ管弦楽団の主席オーボエ奏者となった。

ところが「皆をがっかりさせる悪夢のような恐怖」を思い出した彼は、メタルボックス社のエコノミストの職に就くことになる。1956年に英国財務省に移るときには、短期予測のトップに上り詰めた。1970年にはケンブリッジ大学の応用経済学部長に選ばれた。

1980年代初め英国の保守党政府は、ケンブリッジの伝統的な経済学者たちと積極的に提携していた。彼らは「ウェインを刺すためにナイフを磨き」始めた。そう言うのは、親しい友人で現在はニューヨークのニュースクールで教鞭をとっているKumaraswamy Velupillaiだ。 彼らはゴドリーが率いる政策グループを、そして最終的には応用経済学部を潰した。

しかし、1992年に英国ポンドの下落を警告したことにより、ゴドリー氏は財務省に助言する「六賢人」のパネルに任命された。

1995年、彼はニューヨーク近郊のレヴィ研究所に移り、2008年の危機の際に「金融不安定仮説」が認められたハイマン・ミンスキーの同僚になった。

オタワ大学のマーク・ラボワ氏はゴドリー氏とともに2006年に「金融経済:信用、資金、収入、生産と富への統合的アプローチ」を書いた。この本は彼が出版した自身のモデリング手法についてのもののうち最も完全なものとなった。

主流の経済モデルでは、個人は今日の消費と将来の貯蓄との間のトレードオフを最適化するとされています。 そうするためには、人々は将来をよく予見できる世界に生きていなければならない。

ゴドリー氏はそのような最適化は妥当とは見なさない。 未知なことがあまりに多い、彼はそう考えた。

そこでゴドリー氏は、家計、生産企業、銀行、政府などのセクターを大まかに把握することができるという考え方に基づいた経済モデルを構築した。

例えば、企業は、労働や他の投入コストに標準的な利潤を乗せる。過剰在庫を蓄積することなく需要を満たすことができるよう適切な在庫を維持しようとする。 売上が落ちたり、在庫が積みあがる場合は、生産を削減したり労働者を解雇することで調整する。

主流のモデルでは、経済は供給が需要と等しい均衡に落ち着くとする。 ゴドリー氏は、ある種のケインジアン経済学者と同じように、経済は需要主導であり多くの伝統的な経済学者が想定するほどには安定なものではないとする。

供給と需要は経済を均衡に導くどころか、突然の調整が起こりえる。借り入れの「フロー」が債務の「ストック」を積み上げる。

家計や企業あるいは政府がの借入や債務などが一線を越えたと経験的な常識から示唆されると、削減に向かう可能性がある。 あるいは銀行が貸出を削減することがある。高く飛んでいた経済が墜落する。

ゴドリー氏と彼の同僚は、2000年代半ばにこの懸念を表明していた。 2007年4月には、彼らは議会予算局による政府支出および健全成長の予測をそのモデルに組み込んだ。このモデルによれば、その場合2010年までに家計借り入れがGDPの14%に達しなければならないとなる。

著者らは、その状況は「とてもありそうにないこと」と断じた。借り入れが横ばいになり、成長が「ほぼゼロ」になる可能性の方がはるか高いとした。いくつもの論文で繰り返し不況を予見した。ただし不況の深さは大幅に過小評価していた。

これらゴドリー氏の予測だが、伝統的な経済学の考え方に疑問を抱く経済学者でさえも、必ずしもゴドリー=ラボワのモデルがすべての答えを提供すると見るわけではない。 ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのチャールズ・グッドハートは、レビューの中でのそれらを「堂々たる失敗」と評した。 グッドハートは、彼らの現実主義、特に個人が将来を予見していると仮定するのではなく、セクター全体が間違えたり修正したりするとする方法を称賛した。 ただし、依然として危機の中では「不十分」としている。

ゴドリーと共に米国経済のモデル化に取り組んだイタリアのカッシーノ大学のジェンナロ・ゼッザも、彼と彼の同僚には、金融危機がどのように拡散するかについてもっと良く記述できる方法を開発する必要が残っていると認める。しかし、危機に先行する不安定なプロセスを特定するためにはゴドリーとラボワのアプローチは既に有用なものだと言う。

「2007年に皆がもし楽観的だったとすれば、そのプロセスがもう1〜2年か3年続いただろう」と彼は語った。 「しかし、結局は崩壊しただろう。 その場合ははるかに暴力的な形だっただろう。債務はさらに積み上がっていただろうから。」

ラボア博士はこう言う。「彼が開発したモデルの一つは、危機の原因を追跡する出発点を確かに作った。そのモデルでは、企業が借入をデフォルトし、それが銀行の利益を蝕み、銀行が金利を引き上げることを表現することができる。「少なくとも、我々は正しい方向に向かっている。」

これはいま正に、経済学者たちがゴドリー氏のモデルに基づいて構築しようとしている方向性だ。そこには、ビデオゲームの生き物とは異なる、経済状況に柔軟に対応する世帯、企業、銀行という「エージェント」が組み込まれる。リメリック大学のステファン・キンセラ、ノーベル賞受賞者の経済学者ジョセフ・スティグリッツ、マルシェ工科大学のマルケ・ガレガッティらがこのような努力をしている。

同時に、ゴドリーの弟子たちは氏の残した予測は未だ傑出していると言う。 ゴドリー氏ととラボワ博士は2007年に発表したユーロ圏金融を予測するモデルでは三つの帰結が予測されていた。南ヨーロッパで金利が上昇し、中央銀行からの巨額融資か、厳しい歳出削減が必要になる。事実、ユーロ圏はこのサイクルをたどった。

ではゴドリーのモデルは今どのような予測をしているだろうか?レヴィ研究所の最近の分析で懸念されているのは、米国における深刻な財政不均衡状態ではなく、むしろ世界的な需要の低迷だ。「いちばん難しいのは、」彼らは言う。「経済学のリーダーたちに、問題の本質は総需要が足りないことだと理解させることだ。」これまでのところ、彼らはそれには成功していない。


おまけ: ゴドリー&ラヴォアの Monetary Economics のPDFが落ちている気がするので 


ステファニー・ケルトン「国会はすべての国民にポニーを与えられる(十分な頭数が繁殖すれば)」(2017年9月28日)

Congress can give every American a pony (if it breeds enough ponies) By STEPHANIE KELTON, Sept. 28, 2017 (ttp:


MMT(現代金融理論)のエッセンス! ウオーレン・モズラー「命取りに無邪気な嘘 3/7」

この文書の原文の説明および、ガルブレイス教授による序言はこちら 嘘1はこちら 嘘2はこちら 命取りに無邪気な嘘 その3: 政府赤字が貯蓄を奪う 事実: 財政赤字が貯蓄を増やす ローレンス・サマーズ 数年前のこと。トム・ダ


ステファニー・ケルトン「赤字をどう考えるかが違っている」 by ステファニー・ケルトン(OCT. 5, 2017)

ニューヨークタイムスの ”How We Think About the Deficit Is Mostly Wrong” (ttps://www.nytimes.com/2017/10/05/opinion/defici


MMT(現代金融理論)のエッセンス! ウオーレン・モズラー「命取りに無邪気な嘘 2/7」

この文書の原文の説明および、ガルブレイス教授による序言はこちら 嘘1はこちら 命取りに無邪気な嘘 その2: 政府赤字は、子供たちの世代に債務という負担を残すことになる 事実: そのような、ある世代全体に及ぶ負担は存在しえ


MMT(現代金融理論)のエッセンス! ウオーレン・モズラー「命取りに無邪気な嘘 1/7」

この文書の原文の説明および、ガルブレイス教授による序言はこちら 嘘2はこちら 命取りに無邪気な嘘 その1: 政府は支出するために、まず税金や借入によって資金を調達しなければならない。 あるいは、政府支出は、徴税能力と借入


ジェイムズ・K・ガルブレイス「命取りに無邪気な七つの嘘(ウォーレン・モズラー)」 への序文

MMT(Modern Monetary Therory)創始者のひとり、ウォーレン・モズラーがサイトで配布している「SEVEN DEADLY INNOCENT FRAUDS OF ECONOMIC POLICY、ttps


ステファニー・ケルトン「財政赤字は気にしなくていい」(2018年1月4日)

The deficit doesn’t matter: Thinking morally about the economy with Stephanie Kelton by Daniel José Camacho, o


「高齢化社会に向けて財政問題に向き合う責任、ですって?」By MMTers

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L・ランダル・レイ「税は何のためか? MMTのアプローチ」

元記事はこちらデス ”WHAT ARE TAXES FOR? THE MMT APPROACH” ttp://neweconomicperspectives.org/2014/05/taxes-mmt-app