アンドルー・ポター「吹雪が露見させたケベック『社会の病理』」2017年3月20日

モントリオールの高速道が閉鎖され多くのドライバーが取り残された事態の背後にある問題は、単なる政治的機能不全より重大なものである。

How a snowstorm exposed Quebec’s real problem”social malaiseAndrew Potter, MacLean’s on March 20, 2017

(編集部注意書き)
本記事はウェブ公開されてすぐにケベックで大きな批難が起き、著者は自身のフェイスブックで説明の文を公表しています。[訳注:現段階では著者ポター氏は削除済のようである]。また、記事中の以下2点について事実ではないとし、マクリーンズ編集部は訂正を行わせていただいています。
編集ミスにより初期の版では「『すべてのレストラン』は2種類の請求書を用意する」と記載されていましたが、「2種類の請求書を用意する『レストランも』ある」と訂正させていただきました。
また、「銀行ATMは初期設定で50ドル札紙幣をいつも出してくる」という文章は削除しています。編集後記をご覧ください。

[以下本文]
大規模な公共性の危機が社会に与える影響は2つ考えられる。良いケースは、個人生活に追われて気に留めることさえ忘れていた、信頼と社会的結束という目に見えない絆の強さが明らかになることだ――インフラに直面することで、自分たちが所属する組織や自分たち自身の強さを思い出すのだ。911後のニューヨークや2003年の北米大停電が例示することができる。

しかし時には逆のことが起きる。ほんの少しのストレスが国家の潜在的な亀裂を次第に大きくしていくように、なんらかの危機は亀裂を割れ目にし、文明社会を司る概念そのものを自動車修理工場でなされた安っぽい塗装仕事のようにしてしまう。(参考資料A)。先週吹き荒れた吹雪は、モントリオールの主要幹線道路上で300台の車を一晩中立ち往生させるという社会秩序の大崩壊を露にした。

この大失敗は政治スキャンダルとして描写され、行政の怠慢、貧弱なリーダーシップ、コミュニケーション不全を目立たせることになった。これら多量の失敗の寄せ集めで、以上エピソードは構成されているわけだが、よりもっと深刻なのは、ケベック社会の基盤を侵食している根本的な「社会の病理」である。

カナダの他地域と比べてケベックはほとんど病的なまでに孤立しており、信頼の低い社会で、他地域のカナダ人が当然視している社会関係資本の最も基本的なものの多くを欠いている。これはよく言われている話と合致しない。ケベックの自己イメージの大部分、そして頻繁に引き合いに出されるこの州が独立すべき理由(という名の言い訳)は、ここケベックが、カナダの他地域に比べてより共同体主義的な場所であり、公共の利益と集団的目標の追求によりコミットしているというものである。

しかしモントリオール[1] のような街に長く住まなくても、ケベックの自己イメージと実情との間の「不穏さ」を体験することが可能ではある。[市民の]結束の欠如は様々な方向で露になっており、それが街の水面下の不協和音の一部になってしまっている。

目立つ事例からはじめよう。ここの警察はきちんとした制服を着ていない。2014年から州警察は州の年金改革の抗議として、ピンク、黄色、赤系の迷彩柄のズボンを着用している。また、パトカーには「自由交渉(Libre Nego)」というステッカーが貼られており、多くの場合そのステッカーが警察のロゴを隠してしまっている。さらには[この抗議活動に]救急隊員たちも加わることになった。「ストライキ中」と書かれたステッカーがいくつも貼られた救急車で病院に搬送されるのはあまり安心しない。これら抗議活動は団体交渉の持つ長所とも言える一方で、組織や制度に対する社会的結束と信頼を蝕むことにもなっている。

話題にしているこの地は、2種類の請求書を用意するレストランが存在する地でもある。片方は現金払い用で、もう片方は連綿な追跡を可能とする支払い用の請求書[2] だ。2種類の請求書を使用しているのはレストランや現金払いを強調する住宅施工業者や倉庫主だけではない、かかりつけ医や超音波クリニックでもそうである。

これらは大した問題ではないかもしれない。それはそうだろうが、ケベックにはGDP比でカナダ最大の地下経済があるのだ。ただ、ブリティッシュコロンビア州よりほんの少し大きいくらいでもあるが…。カナダ統計2013年版総合社会調査というのがあるのだが、これでロバート・パットナムの『孤独なボーリング:米国コミュニティの崩壊と再生[3] で有名になった社会関係資本のいくつか形態の有り様の広範囲な調査結果を見ることができる。この統計を見てみると、ケベックは悲惨な限りである。

例えば、ケベック州民は親族や友人ネットワークが国内最小であると報告されている。親しい友人がひとりもいないと答えたのはケベックが最多で、答えが最小だったプリンスエドワード島州の4倍となっている。75歳以上に限ると、ケベックは28%になるが、全国平均はたったの11%である。さらにこの統計を読み進めてみよう。ボランティアや団体組織などの参加率で測る市民参加については、ケベックは最下位。ボランティア参加率は特に衝撃的で、全国平均が44%に対してケベックは32%。他州で全国平均を下回ったのはニューブランズウィック州のみで、41%である。

他にも、「雑多に答えてかまいませんが、[あなたの周りの]大抵の人は信頼に足りる存在ですか?」とか「対人関係についてはどんなに注意を払っても払いすぎることはありませんか?」といった率直な質問による、古典的な信頼についての測定がある。「大抵の人は信頼できる」と答えたケベック人はたった36%だった。カナダの全国平均では54%であり、50%を下回った州はケベックの他にはなかった。

以上[で指摘した社会関係資本の低さの]いくつかについては、ケベックを構成している特殊な性質を根拠に擁護できるだろう。そりゃそうである。なにせ2種類の請求書を用意するレストランがある土地なのだ。こんな事例に「怯え・緊張」しないでくれたまえ。それもこれもケベックの魅力のひとつなのだ。プログレ愛や日常的に行われている信号無視[4] と一緒なのだ。しかしこれら数字は、ケベックの持つ魅力がこの国のどこにでも存在するとはとても考えられないということも示している。ケベックの社会関係資本を示す数値のほとんどは、[他地域と]比較した時に、単に低い評価数値で下部に固まっているというより、むしろ他州の数字が近接しているのに対しケベックの数字は顕著に外れた数値となっている。ケベックの魅力やユニークさは、逆に見れば重大な機能不全も意味している。あの有名な「生きる悦び(Joie de Vivre)」[5] という言葉はニヒリズムのように聞こえこないだろうか。

そして深刻な吹雪が到来し、ケベックの全領域で社会の崩壊が現れる事になる。ついには[吹雪で立ち往生した]車を移動させるために幹線道路に呼ばれたレッカー車の助力を拒否するトラックまで現れたのである。そして[レッカー移動を拒否した]トラックを強制的に移動させようとした人は誰一人として存在しなかった。なので道はふさがり、何百台という車が放棄され、ガス欠で誰も助けに来ないままに一部の人は車中で夜を過ごすことになったのだ。オマイラ、一人孤独なボーリングをやってる場合じゃねーだろ、忘れちまいなよ。このときケベック人は凍えていたんだぜ、一人孤独によ。

※訳注:訳者による補足、註釈の文面は基本的に[]で囲っている。
※訳注:この記事の著者アンドルー・ポターは、執筆時はカナダ・マギル大学カナダ研究所所長の職にあった。日本ではジョセフ・ヒースとの共著『反逆の神話』で知られているかと思われる。この記事はウェブ公開直後から大きな批判を呼び、結果的にポター氏は研究所所長職を辞任するに至った。マギル大学はポター氏の記事について、マギル大学の見解とはなんら関係がないことをTwitterで何度も発信している。一方、マクリーンズ編集部は編集後記でポター氏を支持すると公言した。このように大きな批判を受けたポター氏の記事ではあるが、マクリーンズ編集部は表現の自由やジャーナリズムの探究心を守り、ポター氏の記事の撤回や削除はしないと決意表明している。また、ポター氏が望むのであれば今後も記事を寄稿することができると記している。
※訳注:本エントリは、うさぎ氏が全訳し、WARE_bluefieldが代理で投稿している。なお、うさぎ氏の許可の元、書体等の一部文章を訂正している。訳注も基本的にうさぎ氏によるものである。

  1. 訳注:ケベック州南部にあるカナダ最大の都市 []
  2. 訳注:「追跡を可能とする請求書」とは間接税支払いの為のインボイスの事と思われる []
  3. 訳注:著者パットナムは『社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)』(人間の協調行動を生み出す人と人との関係性)についての研究で有名。パットナムの研究ではアメリカにおいて社会関係資本が第二次世界大戦以降は低下したことと示されている。社会関係資本の低下の象徴的行動として、集団で遊ぶことが多いボーリングを、一人孤独に行う人を上げており、書籍のタイトルにもなっている。 []
  4. 訳注:ケベックでは、反社会的行為の顕示として一般的に市民は信号無視を行っている。 []
  5. 訳注:ケベックの人達が自称し好むフランス語の標語。 []

NHK NEWSLINE:ノーベル賞受賞者クリス・シムズへのインタビュー

以下は、こちらの翻訳になります。 ノーベル賞を受賞した経済学者が再び脚光を浴びている。クリストファー・シムズは広く受け入れられている主張に挑戦しようとしている。注目を浴びたのは、世界中の中央銀行家が集まる去年のジャクソン


真実を語るより問いかける。ドナルド・トランプの発言が問うことの意味を(さらにすべての意味)をどのように歪めたか by François Côté-Vaillancourt

ここのゲリラ翻訳デス http://induecourse.ca/raising-questions-over-telling-the-truth-how-donald-trumps-discourse-distorts


失業の背後にあるもの-21世紀において私たちが戦うべきもの by François Côté-Vaillancourt

こちのゲリラ翻訳です。http://induecourse.ca/what-hides-behind-unemployment-what-should-we-fight-for-in-the-21st-century/


「第一次世界大戦の見過ごされがちな遺産 ~再建金本位制とヒトラーの台頭~」 by David Beckworth

以下は、David Beckworth, “The Other Important Legacy of World War One”(Macro and Other Market Musings, July 28, 20


「なぜ物理学者は経済学に惹かれるのか?」by Chris House

以下の文は、Chris House,”Why Are Physicists Drawn to Economics?“(Orderstatistic, March 21, 2014)の翻訳になります


「アベノミクスのこれまでの成果やいかに? ~ハウスマン&ウィーランド論文を読む~」 by David Beckworth

以下は、David Beckworth, “Abenomics at the Brookings Institution”(Macro and Other Market Musings, March 21, 2014)の


「アベノミクスのこの1年の成果を振り返る」 by Marcus Nunes

以下は、Marcus Nunes, “‘Abenomics’ one year on”(Historinhas, January 16, 2014)の訳。 一昨年(2012年)の9月のこと、経済を再び力強い成長軌道に乗せ


ウィリアム・イースタリー「援助議論の終焉―ジェフリーサックスによるミレニアム村の失敗―」

William Easterly “The Aid Debate Is Over The failure of Jeffrey Sachs’ Millennium Villages”


「俗流ケインジアン」(1997/2/7) by Paul Krugman

以下は、Paul Krugman, “Vulgar Keynesians”(Slate, February 7, 1997)の訳。[1] 経済学の分野もその他のあらゆる知的な営みと同様に「学問版・収穫逓減の法則」の影響下